奈落に落ちても生きてました
ドスン。ゴギリ、グチャッ。
人生において聞いたこともないほどに不愉快な音色がとうとう途方もない奈落に落下し続ける地獄の数分間の終わりを示した。
……終わりを示した、だなんて暢気なことが言える以上俺は確かに生きている。
数分も、奈落の底に落ち続けて。恐らく1000mよりは高低差があろうこの場所に落ちてしまったのに、俺が助かっている理由。その証拠は俺の腰のしたに落ちている『魔金剛』と言う聞くからに堅そうなこの物質に関係しているのだが、それを説明するにはいくつかの予備知識が必要になるだろう。
◇
現実とゲームを一緒にするな! とは、ゲームをよく知らない老害が「ゲーマー」と「サイコパス」を混同した頭のおかしいセリフだが、この世界が異世界の悪しき魔王からの侵略に犯され始めてからはむしろゲームの方が現実味がある気さえしてならなくなった俺は多分色々な意味で末期なのだろう。
それはともかく、この世界にはどういうわけかレベルが上がるとステータスの成長が見られると同時に、HPとMPが全回復すると言う仕組みがあるのだ。
つまり、どんな瀕死の重傷を負ってもレベルさえ上がれば傷は回復してしまう。
この現象はそっくりそのままゲームのようで、しかしこれが現実なのである。不可思議きわまりない話だ。
さて、では俺が高度千…いや三千mはありそうな高さから落ちてもなぜか傷一つ追わずピンピン元気に生きている理由は恐らくレベルが上がったから。
そしてこの魔金剛は俺が落下した時の衝撃で死んでしまった『金剛龍』のドロップアイテムなのだろう。
魔金剛を深く鑑定してみると金剛龍が落とす素材って書いてあったし。いや、魔金剛なる物質なんて初耳だけどそこは前人未踏の奈落の底だ。一々気にしていても仕方が無い。
気にしていても仕方が無いと言えば、数m先に『隠密のスウェット』が落ちている。
底が見えず真っ暗ならば、ここにも光が届く道理はない。だからこそ、真っ暗で本来ならなにも見えないこの奈落。運良くレベルが上がるなりで生き残ってたとしても、本来ならなにも出来ずに適当に死んでいくのだろう。
だが、俺には鑑定がある。
鑑定なら数m半径に何があるか大体解る。
アイテムが落ちているのも解るし、壁があるならしっかりと『壁』って鑑定されるので感覚はちょっと違うが辛うじて視界は確保できている。
しかし、隠密のスウェット……。
試しに拾って詳しく鑑定してみたところ、ものスゴく強力な隠密効果があるらしい。
何でも隠密トカゲという、このダンジョンじゃ(同族を含めて)認知できるモンスターが存在していないそれと同じくらいの隠密性能を着るだけで得られるとんでもジャージのようなのだ。
つまり、これを着ていればこの何が起こるか解らない奈落の底でもどうにかやり過ごせる可能性が上がるって証拠。
俺は迷わず今着ている装備を脱いで、そのスウェットを着た。
「すっげ! なにこのフィット感。やべぇぇ!」
なにこのあたかも俺が着るために産まれてきましたと言わんばかりのフィット感。肌触りもすべすべで気持ちが良い上にこの肌寒い迷宮でもきちりと暖かい。
外側はやはり隠密トカゲのドロップらしい爬虫類の鱗っぽい生地で、でも全然がさがさしてないし、この風変わりな手触りも癖になりそうだった。
しかも、上下セットで上にはフードまで付いているのも嬉しい。
俺は少し浮かれた気分でこの真っ暗な奈落をスキップしながら散策していく。
途中途中にドロップアイテムが落ちまくっているのはモンスター同士が争った後なのか、それとも寿命で死んだ証なのか。
それは肉だったり、鱗だったり、鉱石だったり、鎧だったり。
種類は色々で、流石前人未踏の最難関迷宮の最下層と言ったところだ。
俺はルンルン気分でそれらのアイテムたちをアイテムボックスに仕舞いながら散策をしていく。
「なるほどね♪ 古いダンジョンの奥にはこういうボーナスがあるのかぁ!」
と調子に乗って鑑定も疎かに、スキップをしていたのが不味かったのだろう。
ゴチン! と、なにかにぶつかった感触と共に、グルルルルルと底冷えするほどの低い鳴き声が聞こえてきた。
『ブルータルゴートン Lv78』
な、七十八!? 見たこともない高レベルに戦慄するが、ステータスを覗いて更に戦慄を重ねた。
「(攻撃力三千に、HP二万越!?)」
確か勇者のレベルがさっきの段階で42で、攻撃力は千。HPは三千に満たない。
このモンスターは、迷宮というフィールド補正もあるんだろうけど、勇者よりも遥に強い――そして鑑定の情報によると、このモンスターはこの迷宮にはありふれていると言うこと。
信じられなかった。俺には到底及ばない絶望的な差を見せつけた勇者。それを遥に凌駕する化け物が跋扈していると言うことが信じられなかった。
俺は息を殺して、壁に張り付いた。
ゴートンはぶつかったなにかに息を荒くするが、今の俺は隠密のスウェットを着ている。大丈夫…だと信じたい。
赤い目を光らせて、ゴートンはこちらをじっと睨む。
心臓がバクバクうるさくて、それに気付かれているんじゃないかとも思った。
しかしゴートンは興味が失せたのか、スウェットが功を奏したのかそのまま興味なさそうに去って行った。
「(あ、危ねぇぇぇぇぇええええ!)」
こ、殺されるかと思った。
デカいし強いし……。奈落の底は非情に危なっかしい。
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