神獣がペットになりました

 奇跡の石の柔らかい光に包まれた俺のスイートマイルーム。


 穴蔵なのでただでさえ安全なのに、結界の王笏の強固な守りもあるのでその安心感は一入だった。だから、散々もっぱら歩き回った疲れを癒やすべく目を瞑って転がって見たのだが、思いの外眠れなかった。

 布団がないからか?

 そう思って比較的暖かそうな魔獣の毛皮をいくつか取り出して、敷いてみたりかけてみたり折りたたんで枕にしたりしても中々眠れない。


 そして俺はふと思い出したのだ。


「あぁ、俺。しばらくなにも食べてないわ」


 修得の指輪のお陰で経験値を吸収し続け、不労のサンダルでHPとMPを回復し続けているが故に飢餓感こそ感じないけど、人間そりゃ二日もなにも食べてなければ気分も落ち着かない。


 俺は元々アイテムボックスに入っていた調理器具一式を取り出して、ご飯にする事にした。


「よし、すき焼きを食べよう」


 ブルータルゴートンの霜降り肉――色々と俺のトラウマを呼び起こしそうな食材が目に付いたので、色々と嫌な気分を払拭するためにも、今日は贅沢をしようと決めたのだ。


 平たい鍋と小さな鍋を取り出し、白菜、ネギ、豆腐、椎茸、白滝をアイテムボックスから取り出していく。


 あとは、醤油とお酒とみりんと砂糖をいれて……何か綿飴があったのでそれを取り出すことにする。

 水は――手持ちのもあるけど、折角だから奇跡の石から出た水にしておこう。

 未知の食材も使うわけだし、この水を使えば食あたりも多少は予防できるようになるかもしれない。


 良い感じに材料が揃ったので、調理をしていく。


 小さな鍋に水、醤油、酒、みりんを同じくらいの割合で入れて、砂糖はいつもより少なめに入れる。そしてお酒のアルコールが飛ぶまで煮きる。

 次に鍋にブルータルゴートンの霜降り肉を並べ、大きくちぎった綿飴を真ん中にででーんと乗せる。


 肉が良い感じに焼けてきたら、綿飴に掛かるように割り下をかけて綿飴を溶かすように……。


 俺は無言で皿と、生卵を取り出した。片手でカパッっと割ってから、軽くかき混ぜ綿飴を含めて少し甘めの味付けのたれが染みこんだ少し赤みの残る脂っこいゴートンの肉を卵に浸してガブリと喰らう。

 ……! 一口噛む度に広がる肉の脂身が、精神的に疲れた俺の身体に染み渡ってくるようだった。


 俺はすかさずコップに汲んでいた奇跡の水で割った酒をのどに流し込む。


「ん~~! ぷはっ、美味すぎるっ!」


 モンスターと遭遇する恐怖と戦いながら、何度も死に目に会いながらようやくたどり着いた奈落の底の安全地帯で食す贅沢なすき焼きとお供のお酒。

 これ以上の幸せがこの世界に存在しうるのか? いや、そんなもの俺は知らない。


 これこそ正に奇跡の味。


 俺は肉をつまんで食べて、もう一度この幸せを堪能してから今度は鍋に野菜や具材をぶち込んでいく。そして肉と割り下を更に追加して、ふたを閉じて数分待つ。

 この時間が非情に長い。

 ちびちびと皿に取り分けていた肉を噛みしめながら、酒をちょびちょび飲みながら、それでも長く感じるこの時間を堪能できる幸せを噛みしめながら待っていると、鍋が煮立った。


 白い白菜が茶色く染まり、醤油の香りが鼻腔をくすぐる。


 俺はおもむろにそれを箸でつまんで口に放り込むと、シャクシャクの食感から白菜の甘い汁と割り下の味わいが口の中で交差した。

 そして、まだ味の染みていなさそうな豆腐を口に放り込む。


「あ、あふっ」


 はふはふと湯気が口から漏れていく。舌が火傷するその感覚すらも楽しい、肉、野菜、豆腐。肉、白滝…そしてお酒をグビッと流し込む。

 箸が止まらない。肉も野菜も割り下も追加しておかわり。


 そう思っていた時に、背後に大きな気配を感じた。


 恐る恐る後ろを振り返ってみると、巨大な白い蛇がいた。こいつ…目ぇ赤いなぁなんてしょうも無いことを考えながら白蛇を鑑定すると『神獣』と出てきた。


 神獣……神獣かぁ。神獣なら魔物じゃないし、結界の中に入ってきてもおかしくないか。


「なぁ、蛇公。お前も食うか?」


 言いながらこの蛇のサイズに合いそうなコップ――もう、桶で良いか。桶に酒を注ぎながら、奇跡の水で適当に割ったやつを差し出す。

 すると蛇は機嫌良さそうに頷いてから、チロリと赤い舌で桶の酒をなめたと思ったらあっという間に飲み干した。


「おうおう。いい呑みっぷりじゃないか! さぁ、すき焼きも煮えたし食え食え!」


 この時の俺は多分、滅茶苦茶酔っていた。


 いきなり蛇が現れても驚かないという謎度胸を発揮するし、なんかおっさん臭い絡みをしているし。――俺、まだ二十九なのに、もうおっさんなのか?

 その事実に少し哀しくなりながらも、蛇と晩酌を躱し食うことの喜びを分かち合った。


 この蛇、人の言葉こそ喋らないみたいだがどうにも俺の言葉が解っているみたいだった。


 だからこそ、アイテムボックスに入っていた酒がダンジョンで拾った分まで無くなってしまうほどに飲み明かしてこの奈落の底で俺と一匹――いや、二人で騒ぎまくった。

 王笏の結界は確かなものだったらしく、何事もなかったから良かったものの、今考えれば不用心だった。


 それもまぁ、勇者に落とされて奈落の底を彷徨って色々あった上での酒で少し羽目を外してしまったのだろう。


 気付けば俺と蛇は打ち解けて、俺は蛇のとぐろに包まれて眠りに就いた。


 蛇は変温動物のはずなんだが、神獣だからか酒で身体が温まっていたのか蛇の身体は温かかった。




                    ◇



 目が覚めると、蛇の姿はいなくなっていた。


 これは夢だったんじゃないか? と思って虚しいような寂しいような気持ちになる。あぁ、寂しい。やはり仲間だと思っていた勇者に奈落の底に落とされたことは相当俺の心に堪えていたのかもしれない。

 泣きそうになりながらも、少し歪んだスウェットを正して今日も元気に探索をしよう! そう思ったその時に、スウェットの襟口から小さな白蛇がチロリと顔を出した。


『神獣・使い魔』


 その白蛇を鑑定してみると、昨晩はなかったはずの項目が映る。


「蛇……お前は、俺の使い魔になってくれるのか?」


 蛇はチロリと舌を出して首肯した。


 拝啓、目が覚めると迷宮散策のお供――神獣がペットになっていました。

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