昇華
『昇華』というものを聞いたことがあるだろうか?
昇華とは、レベルが極地――つまり99に至った者が、生まれながらの才能である補正値を上げる代わりにレベルが1に戻るというアレである。
とは言え、モンスターと戦うのは基本命懸けだし補正値が上がったところでレベルが1になってしまえばその弱体化は著しい。
その証拠に、俺はレベルが二十の時には補正値が五段階ほど違うレベル1揃いだった勇者パーティの誰よりも強かった。
では、昇華とはどんな人がするものなのか。
それは弱体化することも厭わない狂人か、普通にレベル99に至った上でレベル1に戻ってもすぐに99くらいに上がれる、経験値ストックを溜めた者だけである。
そもそも並みの人間ではレベル99に至ることも不可能なのに、それを二週。
どちらにせよ、昇華を行える人間なんて少ない。
少なくとも俺とは全く縁のない話。
そう思って、すっかり忘れていた。
俺は今、この木阿弥の奈落にいる魑魅魍魎のモンスターの経験値を丸ごと白蛇にドレインして貰ったストックがある。
それも何十匹分も。
普通、補正値が上がるごとにレベルアップに必要な経験値が上がるので一概には言えないが、それでもこの有り余る経験値ストックを全て昇華すれば、俺でも少しはマシな強さが得られるかもしれない。
少なくとも、再び勇者がこの迷宮に攻め入ってきた時に、モンスターたちの手助けを出来る程度には。
昇華の仕方は、主に神殿に行くと言う方法をとられることが多いが。
「OKコア。俺を限界まで昇華してくれ」
「承知しました。8回の昇華の末に、レベルは57になりますが、如何致しますか?」
「じゃあ、7回で止めておいてくれ」
迷宮主の俺なら、コアを使うことで簡単に昇華できる。
その気になれば、魔法やスキルもDPを通して取得できるらしい……7回分も補正値を上げれば、少しは使いこなせるようになるだろうし、気が向けば取得するのも面白いかもしれない。
「では、21万DPを消費しますがよろしいでしょうか?」
「構わない」
俺の身体の奥に眠っていた経験値が暴れ出し、俺の身体を作り替えていくのを感じる。暖かくて、それでいて力が漲ってくる。
でもレベルアップとは確かに違う感覚と、そしてレベルアップの感覚が入り交じる。
小一時間かけて、俺は七回の昇華を終えた。
補正値が七段階アップ。
当然補正値は極大。最大HPの容量は三万で、攻撃力は一万二千。そのほかも軒並みステータスが上がり、目安としては木阿弥の奈落の上の方に生息しているその辺のモンスターと数値上ではほぼ互角。
勇者やアークゴブリン・闇なんかと比べれば、あいつら別にレベルがカンストしているわけでもないけど、俺よりステータスが高い。
おまけに、勇者やアークゴブリン・闇は専用スキルや専用の武器、フィールドなどで数値以上の力をたたき出せるので上に天性の戦闘センスがあるから、恐らく俺より格段に強い。
と言うか、勝負にすらならないだろう。
……あれ? もしかして俺弱い?
というか、単純な戦闘力で言うのなら下手すれば魔界樹の森の補正込みで一階層のロード・ゴブリンより弱いかもしれない。
……なんだろう。才能ないやつはどこまで行っても才能ないっていうこの事実。
夢も希望もない残酷な現実に、俺は慟哭した。
クソがッ!
◇
古今東西、人間が幸せに生きるコツとして他人と比べないことが挙げられたが、正にその通り。
勇者やアークゴブリン・闇その他この迷宮に生息する全ての魔物がおかしいのだ。
俺は昨日までの自分よりもより速い速度で最終階層にある自宅付近の森を駆け抜けていた。
まるで自分の身体とは思えないほどの圧倒的な速さ。
そして、自分の身体とは思えないほどの圧倒的なパワー。
その俊足を持ってすれば、畑にたどり着くのは一瞬で、収穫された野菜をアイテムボックスに収納するのが幾分か楽になった。
……楽になった。
「うん! なんて美味いんだ、このキュウリ。やっぱり、奇跡の水で育てた野菜は最高だなぁ! 蛇公も食うか?」
シュルルッ。
やけくそ気味に、収穫したばかりのキュウリを食べる俺を白蛇は慰めている。
その姿は、正しくドンマイと言っているかのようだった。
そうして哀愁に浸っていると、後ろからやかましいような声が聞こえる。
「マスターさん! いたいた! ……昨日のゲーム。強い戦術を見つけたので、対戦を――って、なに食べてるんですか?」
「あぁ、うん。キュウリ。ほら、先月辺りに農作業用のゴーレム作って貰ったやつ」
「そうですか。私にも一本ください」
「ほい。酢味噌つけて食べると美味いぞ」
「酢味噌? ……なんか、変わった見た目のソースですね」
酢味噌。合わせ味噌にお酢と砂糖を適量に混ぜて、お好みで唐辛子を入れた俺の特製酢味噌。
冷蔵庫にキュウリが入っていることが多い夏とかは、酢味噌だけ作って瓶とかに保存しとけばいつでもモロキュウが食べられる。
おやつに最適だ。
「んっ! これ、スッゴく美味しいです!」
「そうだな。流石天才ゴーレムエンジニスト。味覚は確かみたいだな」
「なんですか、それ?」
「なんでもない。さぁ、ゲームでもしようじゃないか。生半可な戦術じゃ俺は負けないからな」
「じゃあ、罰ゲームを賭けますか?」
「……昨日みたいのじゃなくてもっとソフトなやつにしろよな」
「ふふん。アレは、勝っても負けてもヘタレなマスターさんなら日和る読みで提案したんです。戦う前に私の勝利は決まってました」
……え、そう言うことだったの? なんか、すげえムカつくんだけど。
「そうだな。じゃあ罰ゲームは腹筋三百回で」
「え”!?」
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