そうだ、畑を作ろう

 冷たいそよ風が気持ちいい、夜。


 昼型に眠ったせいで夜中の三時に目が覚めたが、こんなにも身体がすっきりしているのはきっと昨日お風呂に一つ入れた奇跡の石が良い仕事をしてくれたお陰だろう。

 風呂掃除の手間も省けそうだし、風呂場には奇跡の石を一つ常に置いておくことを決定した。


 なにも食べずに――と言うか気付けば、木阿弥の奈落を散策していた時も結局なにも食べずに歩きっぱなしだったのに、なにも食べずに寝たせいで少しお腹が空いている。

 家にいる時は流石に不労のサンダルも脱いじゃってたし、それも手伝っているのかもしれない。


「久々の食事だし、やっぱり栄養の取れそうなものが良いか。OKコア……起きてる?」


《はい。私は24時間活動しています》


 どこからともなく、コアが現れる。

 OKコアの一言で、ダンジョン内ならどこにでも現れる便利機能が在るみたいだった。


「そ、そうか。だったら、食パンとトマトとレタスを頼む」


《承知しました。全部で3DP消費しますがよろしいですか?》


 一つ1DP……高いのか安いのかよく解らなかったが、まぁDPはほぼ無限だし承諾した。


 俺はアイテムボックスを物色して、ブラッディバジリスクのもも肉を発見する。ガッツリジューシーだけど重くない、今朝のメニューは簡単に照り焼きサンドに決定した。

 少しストレッチをしてから家のなかに戻る。この家には最初から家具一式もしっかりと揃えられていた。つまり、キッチンも調理器具も予め完備。


 まな板と包丁をキッチンから取り出して、一度洗ってからトマトを輪切りにしてレタスを適当にちぎっていく。

 そして肉を観音開きにして、フライパンに乗せた。良い感じに焼けてきたら、酒、みりん、醤油、砂糖を目分量で加えてそのままふたをして放置。


 その間に食パンをグリルで焼いていく。理由は単純にトースターがなかったからってのもあるけど、グリルで食パンを焼くと美味しいって『大人の雑学百連発』って本に書いてあったのだ。

 折角だし試してみるのも面白いだろう。


 その間に、マヨネーズとレモンをアイテムボックスから取り出した。


 レモンの皮を削って、マヨネーズと混ぜる。そして、良い塩梅に焼けた食パンにそれを塗ってレタスとトマトをのせる。

 ……と、照り焼きの方も良い感じに焼き上がってしまった。


 トングで大きな皿に乗せて、ナイフで適当なサイズに切っていく。


 そして、零れそうなほどに食パンに乗せたら――完成だ。


 完璧すぎる出来映えにほれぼれしていると、シュルルと耳元で音が聞こえる。


「あぁ、蛇公。うるさかったか?」


 まだ夜も明けないほどに朝も早い。色々疲れて休んでいただろうに、起こして悪いことをしたなぁ、と思ったがそれは白蛇が首を振って否定した。


「アレか。喰いたいのか……安心しろ。お前の分もしっかりと作ってある」


 取っておけば後で白蛇も喰うかと思って、しっかりと食パン四枚焼いたのは正解だったな。そう思いながらも、俺はもうこのごちそうを前にしてこれ以上堪え切れなさそうだと悟った。

 俺は皿から照り焼きサンドを拾い上げ、そのまま豪快にかぶりつく。


 表面はかりっとしているのに、もっちりとした食感の食パンに挟まれたフレッシュな野菜とジューシーな鶏肉のハーモニー。

 カラカラに栄養が抜けていた身体に広がる果汁と肉汁のコラボレーション。


「あぁぁぁ。やっぱうめぇ! 」


 シュルルッ。白蛇も首肯する。うん、やっぱり隣で美味しそうに食べる誰かがいると作りがいもあるし、食事もより一層楽しめるってもんだ。

 美味しいものを食べる幸せ……その余韻に浸っていた時に、ふと俺の脳天に雷が直撃した。


 あの奇跡の石からわき出た水で育てた野菜は、一体どんな味がするのか?


 ……不味いわけがない。どう考えても美味しくなる未来しか見えなかった。

 DPが無限にあるから、本来『農業』なんて非常に手間が掛かることをするメリットなんてない。でも、俺はあの奇跡の水で育てられた野菜をどうしても食べたくなってしまった。


 どうせ、多すぎるDPの使い方もよく解ってないんだ。


 だったら――まずは、野菜を作るところから始めよう!



                 ◇



 俺は今、木阿弥の奈落の最下層に畑を作るプロジェクトを実行していた。


 まずは水。奇跡の石をふんだんに使った泉を、家から三百mほど離れた場所に設置した。湖畔とギリギリ言えるほどの大きさ。

 湖畔なので当然水が無限に湧いてくる――やはり無限と言うだけあってこの泉を設置するためだけに一千万DP消費したが、七千八百兆の前では誤差の範囲内だ。


 その中に奇跡の石を投じる。


 ……どうせなら、湖畔全体に奇跡の石を敷き詰めたいなぁ。そう考えた俺は三兆DPほど使って、泉に奇跡の石を投げ入れる。

 奇跡の石はやはり高級な品らしく、一つ十億DPもした。


 これで、奇跡の石にたんまりと浄化された水が無限に手に入るだろう。


 DP使いが荒すぎる気もするけど、まぁ人間は六割が水分で出来ているって言われているし水は全ての資本だ。

 素晴らしい水が無限に手に入るのなら、ギリギリ許容範囲内だろう。

 畑だけじゃなくて生活用水とかにも使う予定だし……。


 ……奇跡の石とは言え、直射日光に当てたら痛みそうだな。


 俺はすかさず百万DPほど消費して小さな森で湖畔を囲った。ついでに、俺の家ももろ森に囲まれてしまったが……まぁそんなに深い森じゃないし、問題ないか。

 うん。調子に乗って使いすぎたな。


 別に、DPの総量から見たら微々たる量なんだろうけど……もうちょっと自重しようと軽く反省する。


 畑作り終わったら、節制を努めよう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る