怠惰なる迷宮強化計画

 流石に種族の王だったり、突然変異だったり、元は人間だったり――世界最難関の迷宮『木阿弥の奈落』に屯するエリートモンスターの中でも特に賢い奴らを選りすぐっただけあって、その学習速度は凄まじいものがあった。

 具体的には、三日目で中学卒業までの常用漢字を完全に習得してしまった。


 その凄まじさたるや、一日目の中盤にして俺が教えないで自習させた方が修得が早いという結論に至るほどであった。


 とは言え、それはそれで俺としては好都合。


 十年以上も前に習った漢字なので特に使わない漢字なんか覚えてないし、俺自身、人になにかを教えると言うことも根がコミュ障なのでそもそも難しい話だった。


 自動的に迷宮が強化されるという計画は、発想の元が元なだけに割とガバガバだったが、それでもなおゴリ押しできるスペックのモンスターに恵まれて本当に助かったと思う。

 流石最難関と言ったところか。


 そんなこんなで俺は、自室に引き籠もってゲームをしていた。


 DPはなんでも取り寄せることが出来る。普通にその辺の店に行けば変えるような人気ゲームは勿論、辺境の国でしか遊ばれないマイナーなゲームや、異世界のゲームに至るまで何でも。

 しかも、数十DPくらいで取り寄せられるお手頃具合。


 ただ、ボードゲームにしろRPGにしろ最近のゲームはネット回線がある前提だから楽しみが半減するのだ。

 ………もしかして。


「OK、コア。ここにもインターネットの回線を繋げることって出来る?」


《可能です》


 出来るのかい! 俺のこの二日間は何だったのかと問いたい。

 しかし、二日で気付けたのでまだ損失は小さいと自分の心を慰める。


「……じゃあ繋げて?」


《了解しました。360万DP掛かりますがよろしいでしょうか?》


「構わない」


 ゲームの値段に比べて圧倒的に高い。高いが、DPは腐るほどあるので別に360万DPくらいと思ってしまう。

 ……っと、そろそろ差し入れでもするか。


 俺はアイテムボックスに入っている、奇跡の水で育てた野菜を確認する。


 今朝、出来てるのを確認して、彼らの自習の息抜きがてらに野菜の試食会をしたのだが、反応が二分に別れたのだ。

 絶賛と不評――その分かれ目はアンデッドか否か。


 そう言えば奇跡の石の説明文には『その優しい光には生物を癒やす効果』と書かれていたが、それはつまり非生物は癒やさないと。

 そして、アンデッドは生物ではないと。因みに悪魔は絶賛側だった。


 だから、彼らの差し入れはアンデッド用とそれ以外のモンスター用に別けておかねばならない。


 ……勉強を頑張る彼らには少し申し訳ないが、今日はゲームをしたい気分なので、野菜とパンと――まぁ森とか泉とか彼ら用に新たに設置した家とかあるから、足りなかったら勝手に自分たちでなんとかするだろう。


 因みに俺の今日の晩飯はトマトとニンジンだ。リコピン天国である。


 俺が料理を手抜きするので、白蛇のご飯も必然的に俺のと同じになる。


 なんというか、ここ三日で俺はあっという間にニートに逆戻りしてしまった気がする。たった一週間前はなんだかんだで勇者パーティの荷物持ちとして雑用をしたり、危険を顧みず旅に同行したり色々と頑張っていたけど、人間、怠けられる環境があるのなら、こうもあっさりと怠けてしまうものなんだ。


 横になってゲームをしながら益体もなくそんなことを思う。


 そう言えば俺は、故郷を守る衛兵になる前は自宅警備兵をしていたと言うことを、勇者パーティに従事していた時やこの奈落で必死になにかやっていた時には、すっかり忘れていたそんな真実を、思い出して少しセンチな気分になった。


 ……寝よう。



                  ◇



 一ヶ月ほどの時が流れた。


 俺は日に日に怠惰になっていく。二週間目あたりが「俺、こんなに怠けて良いのか?」「人間なのにモンスターに従事するようなことでいいのか?」「帰りたくないのか?」とか色々悩み出すピークになっていたが、更に二週間経った今では無限のDPによって欲しいものが一声かけるだけで何でも手に入る現状と秤にかけると「まぁDPがなくなってから考えれば良いか」という結論に至った。


 この一ヶ月、一番の収穫は最近発売されたらしい某モンスターを育成する有名ゲームの育成が、それなりに捗りまくったこと……ではなくて、やはり彼らの頑張りによって、うちの迷宮のモンスターたちがめちゃめちゃインテリになったことだろう。


 俺がやったことと言えば、ただ図書館を設置しただけ。


 数百万DPほど使って、図書館を設置して彼らに自習して貰っただけだ。その間俺はだらだらとゲームをやっていた。

 とんだクズ迷宮主である。


 後は、三日に一度のサイクルで野菜が出来るので、ゴーレムに収穫までさせた野菜をアイテムボックスに収納したり、気が向いた時に自分の分の料理を作ったり、やっぱりゲームをやったり。

 うん。なにかやっていたのはモンスターたちであって、俺じゃなかった。


 本当に俺の収穫はゲームデータのモンスターを育成しただけなのかもしれない。


 完全に俺の発案で、彼らにそれなりの努力を強いている俺がこれとは、あまりにも情けなさ過ぎる。

 しかし、下地は完全に整った。


 DPはほぼ無限にある。


 さぁ、大量のDPにものを言わせた前代未聞の迷宮強化計画にフェーズを移そうじゃないか!

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