タキエルとの決別

「ワイズ・トロール……」


 どうして? どうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうして……。


 頭の中を巡る、疑問。なにが起こったのか解らない。


 でも、ワイズ・トロールが死んだ。

 ワイズ・トロールはモンスターのくせに、優しくて礼儀正しくてユーモアもある、良いやつだった。

 少なくとも、人に殺されるようなやつじゃなかった。


 アフリカの土地を治めて、人々から愛されていた。


「勇者ァぁぁぁああああ!!!!!!」


 俺はスクリーンに向かって叫ぶ。


 アークゴブリン・闇だけじゃなく、ワイズ・トロールまでをも殺しやがって。

 いつの間にか勇者が消え、最早誰もいなくなった王の間を見つめる。


 とても冷静じゃいられないほどに腹立たしくって、それ以上に、ワイズ・トロールを失ってしまった空虚が俺の心を支配する。

 しかし皮肉なことに、その空虚が俺の苛立ちを治め僅かばかりの冷静さを取り戻す。


 勇者が消えた。


 それは恐らく転移かなにかを使った証拠。……いやさっきの映像を見る限り、女神と融合していたはずだし、前回アークゴブリン・闇の件があった時駆けつけた時には勇者は気を失っていた。

 だから女神融合には反動があることが予想されて、故に勇者は一旦安全な場所に戻ったと思うけど、それがどこか解らない。


 でも、反動分の休憩が終わったらまたすぐに他の魔王を討伐しに行くはずだ。


 勇者は俺のことをスゴく恨んでいるし、それに俺は大魔王だ。女神――いや、あの異常な光は多分融合した相手は大女神だと予想した方が良い。

 そうなると、大女神は今度の件で本気で俺を殺しに掛かっていることが窺えた。


 いや、それは始めから解りきっている。


 とにかく、今、俺がすべきことは……。


「OKコア。各地にいる、魔王たちに通話を繋げてくれ」


《了解しました。300DP掛かりますがよろしいでしょうか?》


「構わない。って言うか、一括送信にはDP取んのな」


 一対一ならタダなのに。

 世界中の迷宮を統括して、世界中を奈落の木阿弥の領土にしてDPの総量は三京DPほどに増え、一日の収入も千億DPを越える現状なら誤差みたいな数字だけど。


 そんなことを考えている時間も惜しい。


 俺は通話が繋がったことを確認して、声を張る。


「大魔王命令だ。各地を治める魔王たちに告げる。至急それぞれの認める最大戦力を百人前後ずつかき集めこの奈落の木阿弥内に来い。一時間以内だ。繰り返す。これは大魔王命令だ。各地を治める魔王たちは至急それぞれの最高戦力を百人ほど見繕い、奈落の木阿弥の最深層に来い。三十分以内に!!!!」


「主様……」


 メイガスゴブリン・闇が、言ってることが違うのでは? と、軽くツッコミを入れたそうな目をしていたが、そんなことどうでも良い。

 これは本当にヤバい事態なのだ。


 ……俺の想定していた最悪の事態がとうとう訪れてしまったのだから。


「メイガスゴブリン・闇も……戦力に穴が空いているところ申し訳ないけど、全戦力を招集しておいてくれ。頼む!」


 俺はそれだけ言い残して、最深層にある自宅に帰る。



                   ◇



 ワイズ・トロールが死んだ。

 そのショックは大きく、アークゴブリン・闇が死んだ時のようにベッドに沈んで引きこもりたい気持ちに襲われる。


 しかし、今はそんなことをしていられる事態じゃない。


 もし、そんなことをすればワイズ・トロールだけじゃなくて他のやつらも死んでしまう。……それは、もっと嫌だった。

 俺は、勇者によって生まれる犠牲を一人でも減らしたい。


 その為には寝ている暇なんてなかった。



                   ◇



「マスターさん。また、私を置いていきましたね?」


 いつか成り行きで渡した許可証。任意で、この迷宮の最深層に立ち入れるようになる権利。

 タキエルはそのカードを使って、この迷宮の最深部に戻ってきた。


 俺は、タキエルにそのカードを渡したことを結果として大正解だったと思う。


 あれからタキエルはしょっちゅうこの最深層に押し掛けて、あまり人付き合いが得意じゃない俺の心にづかづかと踏み込んできて、俺は、俺みたいなやつに飽きずにかまいに来てくれるタキエルのことを憎からず思っていった。


 それで段々仲良くなって、ちょっとしたエッチなやりとりを重ねていく内に、いつの間にか恋人になっていた。

 正直、恋人になった時はお互いに身体目当てだと思っていたけど、深海の闇雲の一件でタキエルの気持ちを知れて、俺たちは本当の恋人になれた。


 それからの日々は本当に楽しかった。それまでの日々も、タキエルが来てから楽しかったけど、やっぱり恋人になってからの方が楽しさがました。


 毎日のようにゲームして、くだらない話をして、ご飯を食べて、エッチをして。

 そう言えば一緒に鬼人にしごかれてひーひー言った、あの時もスゴく楽しかった。


 全ての日々が、輝くように楽しかった。


 勇者パーティで蔑ろにされていた荷物持ちだった、俺には分不相応なほどに幸せな日々だった。

 だからこそ……


「タキエル。その許可証を返してくれないか?」


「え?」


 タキエルは、信じられないと言った表情で目を見開いた。

 タキエルはぽわぽわしていてかわいいけど、天才ゴーレムエンジニアを自称するだけあってめちゃめちゃ頭も良い。それに、俺との付き合いもそんなに短くない。

 だから、暫くして俺の言葉を察してくれる。


「……私じゃ、足手まといですか?」


「あぁ、足手まといだ」


 タキエルは哀しそうに目を伏せる。……それでも、だんまりして許可証を返してくれそうな雰囲気だった。


「私は、マスターさんと一緒に死なせてくれませんか?」


「……別に、俺は死ぬつもりなんてない」


「……だったら、どうしてマスターさんは私に許可証を返せだなんて言うんですか? 私が足手まといなら……戦いが終わるまで魔界で待機してますから」


 涙が出そうな声で、タキエルが言葉を絞り出す。


「そうしたらタキエルは、俺が死んだ時に勇者がいるかもしれないこの場所に来ちゃうだろ?」


「はい。……ダメなんですか?」


「ダメだ。俺の生き死にに関わらず、俺はタキエルに生きてて欲しい」


「それはダメです! ……生きる時も、死ぬ時も――一緒にいちゃダメなんですか?」


「ダメだ」


「……そんなこと言うんだったら私、マスターさんのこと嫌いになっちゃうかもしれません」


「俺は、そんなことを言う時点でもうタキエルのことが嫌いだ。だから許可証を返してくれ」


 タキエルが俺の言葉に傷付いた顔をする。……正直俺も、タキエルにきらいになっちゃうかもと言われた時よりも、タキエルを嫌いだと言ったことの方が胸が張るかに痛んだ。

 それでも俺は、タキエルの許可証を返して貰わなければ安心して戦えない。


「OKコア」


 でも、タキエルはきっと俺の意見を呑むことがない。このままじゃ一生平行線。本当は同意の下に返して貰いたかったが、こうなってしまえば力尽くで魔界に送還するしかなかった。


「タキエルを魔界に送還したい」


《了解しました。1280万DP消費しますがよろしいでしょうか?》


「構わない」


「……や、やめてください!」


 目を見開いて、俺のところへ駆けてくるタキエルをぐるりと囲む送還魔法陣。


「こんなことして。私、本当にマスターさんのこと嫌いになっちゃいますよ」


「そうか」


「……魔界で、自殺します」


「頼む。それはやめてくれ」


 俺は頭を下げて、タキエルにお願いした。傲慢で押しつけがましく。しかし、できうる限り真摯に。


「そんなことされたら……自殺なんて出来ないじゃないですか。マスターさん。ごめんなさい。本当は貴方のことがだいす……」


 最後の言葉を言い残す前に、タキエルは魔界に送還された。


 されてしまった……

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