勇者の初恋
コンコン。
「マスターさん。いますかー?」
玄関のドアがノックされ、タキエルの声が聞こえた。
……二日目なのか、それとも数時間経ってからまた訊ねてきただけなのかは解らない。
けれど、やはり身体が重たい。
ベッドに潜り込み、今日も居留守を決め込むことにする。
そして、また今日も勇者の様子をスクリーンで眺める。
◇
「っ……。痛いです。やめてください……」
やめて。やめてよ。懇願するように頼んでみるけれどゴブリンは意地悪にギギギッと笑って、爪が剥がれた足の指にあの円錐状の突起が中に着いている指当てを装着されていく。
「……ゴブリンさん。どうして私にそんな酷いことをするんですか?」
「ギギギッ。それはね、オマエの心の隙間を埋めるためさ」
「心の隙間?」
そう言われても、私の心に隙間なんてない。ゴブリンに言われても、何のことかピンとこなかった。
「ギギギッ。忘れてしまったようだな。だったらオレが思い出させてやるよ」
フラッシュバックする、賢者と聖女の死に様。どうして私は今までこんな大事なことを忘れていたのだろう。
「あ”ァァァアアアアアア!!!!!」
自分の鼓膜が破れるんじゃないかって思うほどに絶叫した。
◇
コンコン。
「マスターさん。いますかー?」
玄関のドアがノックされ、タキエルの声が聞こえた。
今度は以前よりも感覚が空いた気がする。前回が一日ぶりなら、今度は二日以上空いていたのだろうか?
そりゃあ、これだけ居留守を決め込んでいたらタキエルも頻度を落とすだろう。
けれど俺の身体は依然として重い。
やる気が出ないので、今日も今日とてベッドの上でスクリーンに映る勇者を眺める。
◇
「きゃぁぁっ!」
目が醒めると、私はとんでもなく破廉恥な格好をしていた。
七夕の時の短冊のように薄くて面積の小さい紙切れが私の両乳首とお股のところにぺったりと張付けられているだけ。
乳首の紙切れに至っては風が吹けば捲れてしまいそうだった。
隠したい。
だけど、今の私は拘束されていた。鎖に、首輪に、腕輪に――雁字搦めに拘束されているせいで身体が全く動かせない。
「ゴブリンさん、服をください。それと、こっちを見ないでください」
「ギギギッ。恥ずかしいのか?」
「はい……スゴく、恥ずかしいです」
「だったら今日は、オマエの姿を全世界にビデオ配信しようと思う!」
「な、何でですか? ……やめてください」
私は懇願するけど、ゴブリンさんはギギギッと意地悪に笑ってから容赦なくビデオカメラを設置してそれから魔法で風を起こす。
ピロピロと、辛うじて私の恥ずかしいところを隠していた紙切れが捲れ上がって、乳首が丸見えになる。
「いやっ! やめてください」
「ギギギッ。やめない」
そう言ってゴブリンさんは、カメラの後ろに大きなスクリーンを設置して、そこにカメラに写っている私を映し出した。
スクリーンの映像には確かに私の姿があって、そしてたくさんのコメントが画面に溢れかえっていた。
『勇者ちゃん敗北』『おぉっ! 勇者ちゃんの乳首かわいすぎ!』『←魔王に脅かされてるのに不謹慎なコメントをするガイジ』『←なら来んなやw』
「ギギギッ。早速一万人以上の人が来てるね」
「いやっ……いやっ……」
絞り出すように声を上げる。それでも、ゴブリンさんはギギギッと笑うだけで、辞めてくれない。それどころか、丸見えになってしまった私のおっぱいをもみし抱き始めた。
一万……二万……増え続ける視聴者の数。
そんな中、私はおっぱいをいやらしく揉まれて。拘束されて、感じている。
魔法で敏感にされてしまっているのか、それとも私が変態さんだからなのか。
私は勇者なのに、こんなことで……。あれ? なんで私、自分のこと勇者だなんて思ったの?
いや、私は勇者。勇者なら仲間が……仲間が……
「ギギギッ、なにか思い出せそうなのかな?」
フラッシュバックする、仲間の死の記憶。
私は、ショックで気を失ってしまった。後で聴いた話だけど、この時私はおしっこも漏らしていたようだった。
◇
あれからどれだけの時が流れたのだろう。
相変らず、ゴブリンさんは私に酷いことをするし。痛いことをする。
それでもゴブリンさんは私にご飯を食べさせてくれるし、怪我した手とかも定期的に優しく包み込んで、ギュッとしてから治してくれる。
ゴブリンさんは、アレだ。ツンデレというやつなのだろう。
素直じゃないけど、本当は優しい人。痛いことをしたり、酷いことをしたりするのはきっと私が悪いことをするからなんだろう。
私は、そんなゴブリンさんのことがいつの間にか好きになっていた。
今までの人生に、私が恋した人なんて一人もいないから、これが初恋というものなのだろう。
ゴブリンさんのことを思うと胸が温かくなって、ちょっとキュッてする。
でもゴブリンさんはモンスターだから。
人間なのにモンスターのゴブリンさんを好きになってしまうなんて、私、ちょっとおかしい子なのかもしれない。
「ゴブリンさん。今日も酷いことするの?」
「酷いことは暫くしないさ。オマエには大して効果もないみたいだしな。ただ、ちょっと昔のことを思い出して貰うだけだよ」
「昔のこと?」
ゴブリンさんの指に光が灯る。
賢者と聖女が殺されるあの場面がフラッシュバックする。どうして私はゴブリンなんかを。そもそもあのゴブリンは私の愛する恋人を殺した仇で、初恋の人で、それでそれでそれでそれで……。
私は何がなんだか解らなくなって、意識が吹き飛んでしまった。
ゴブリンさんのお話だと、私は目から変な液体を出して泡を吹いて気絶してしまったらしい。
◇
コンコン。
「マスターさん。いますかー?」
玄関のドアがノックされ、タキエルの声が聞こえた。
……何週間ぶりの訪問なんだろう。あれからタキエルは定期的に俺の家を訪れて、扉をノックしてくれたけど、その間隔は回を増すごとに広くなっていった。
一日が二日に。二日が一週間に。一週間が数週間に。じゃあ次は何ヶ月?
相変らず身体は重たい。だけど、このままいつもの用に居留守を決め込んだら?
今度は何ヶ月。いや、これだけ来て反応していなければタキエルも愛想を尽かしてもう訪れてこなくなるかもしれない。
……それは嫌だ。それだけは嫌だった。
俺はタキエルが好きだ。大好きだ。
タキエルにまで愛想を尽かされてしまったらもう、俺には何もない。
俺の心を焦りが突き動かす。
俺は重い身体にムチを打ち、ふらふらの身体を無理矢理ドアまで進ませる。
タキエル……タキエル……タキエルッ!!!!!!
ずっと使っていなかった声帯は震わず、声が声の体を成してくれない。
それでも俺は、何ヶ月ぶりかに自宅の扉を開け、外に向かう。
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