ロード・オブ・バフォメットの脅威

ビリリリリリリリリリッ!


 タキエルに試した魔法の成果は中々に悪くなかったとプレイの余韻に浸っていた時に、その警報は鳴り響いた。

 コアが出現する。


《ワイズ・トロールの身代わりが破壊されました》


「嘘、マジで!?」


《事実に誤認は確認されません》


 コアが天然っぽい反応を返すが、そう言うことじゃない。


 俺は大急ぎでスクリーンを開いて、ワイズ・トロールのいる映像を映し出すとどこかで見たことがある化け物みたいな悪魔にワイズ・トロールがタコ殴りにされていてその後ろでワイズ・トロールの部下のトロールたちが石を投げたり中には魔法を放ったりして注意をひこうとしているが、効果はない。


 それ以上に、気になる箇所もあった。


 あの腹に刺さっている剣――恐らく、勇者の聖剣だよな。

 確認のために拡大してみると、傷口のところの剣は失せていた。……武器は召喚で回収できるんだったな。

 そりゃあ、投擲には最適だろうよ。


「マスターさん」


「大丈夫。今の俺は大魔王だから」


 俺は早々にズボンをはいて、マントを羽織る。そして、ワイズ・トロールとどこか見覚えのあるあの悪魔の間に瞬間移動した。



 瞬間移動した瞬間に、俺に強烈な拳が振り下ろされる。

 しかし、今の俺は大魔王。まだ魔王に任命しているのはベリアルだけだが、しかし魔王が一人でもいる以上俺にはあの大魔王と同じように無敵結界が纏われている。

 だから、痛くない。


「いや、やっぱ痛いかも! なんで!?」


「あ、主様どうしてこちらに……さ、下がっていてください。ここは大変危険ですから」


 腹部に見える聖剣の傷痕は、再生スキルの効果を弱めるのか。ロード・オブ・バフォメットに殴られた傷と違って治る気配もない。

 そうでなくとも、ロード・オブ・バフォメットとの戦いでワイズ・トロールは満身創痍だった。


「バカヤロウ! ……傷付いた仲間を放っておいて後方で隠れてるやつが組織の頭はれるわけねえだろ!」


「あ、主様……」


 ワイズ・トロールが感激したような視線を送ってくる。


 大魔王になってあり得ないほどに堅強な防御力を手に入れたおかげで、一度は言ってみたかったセリフを言うことが出来て、俺はご満悦だった。

 俺は背中にロード・オブ・バフォメットの攻撃を地味に受け、冬の日に転んだくらいの痛みに耐えながらDPでワイズ・トロールの傷を癒やしていく。


 痛えなこんちくしょう!


 そして、俺はワイズ・トロールを魔王に任命する。

 俺の無敵結界も更に強固になり、ロード・オブ・バフォメットの攻撃の痛みが更に緩和された。


「こ、この力は……」


「ワイズ・トロール。訳あって今日からお前は魔王になった。その力であの獣を無力化しろ」


「……承知致しました。この私、ワイズ・トロールの身命を賭してあの化け物を排除して見せましょう」


 ワイズ・トロールはバランスボールサイズの火の玉をロード・オブ・バフォメットに向かって撃つ。

 ぷぷぷ。賢者ワイズともあろう者があんな大きさの魔法しか放てないなんてお可愛いこと。


 内心笑っていたのもつかの間、その炎はロード・オブ・バフォメットを貫通した。そして、カッと大きく光って炸裂する。

 次の瞬間にはロード・オブ・バフォメットの身体の半分が蒸発していて、またその次の瞬間には完全に元通りに再生した悪魔が、ワイズ・トロールを殴りつけ宙に飛ばしていた。


 なんて凄まじい攻防戦。


 今の俺は大魔王の完全無敵結界があるけど、それでもあの中に突っ込む勇気は出ない。その程度には激しい戦いだった。

 ホント、ぷぷぷとか笑ってごめんなさい。

 俺、全力を出してもあんな魔法打てないわ。


 だけど、今の俺ならあの戦いの渦中に入り込んでも死にはしない。


 昔の俺だったら彼らが戦っている中で生まれる、炎魔法の余熱や飛んでくる砂利で軽く一万回は死んでいただろうに。

 今の俺ならロード・オブ・バフォメットが全力で襲いかかっても、勝てるかどうかは兎も角死なない程度には強くなったのだ。


 俺は非力で貧弱だけど死なない。


 だから、ワイズ・トロールに圧倒的な魔法の技量の差をわからされてもちょっとしか劣等感を感じなかった。


 ロード・オブ・バフォメットとワイズ・トロールの戦いは白熱していく。


 そして白熱すればするほどに、強化されたワイズ・トロールと――何故か完全強化されていたが、別に魔王ではないロード・オブ・バフォメットの力の差が浮き彫りになっていく。


 さっきまでのワイズ・トロールでは絶対に勝てない相手。


 でも魔王になって、その相手の力量差を大きく埋めた。

 その刃は、確かにロード・オブ・バフォメットに届いた。


 あと数十秒後には確実にロード・オブ・バフォメットは消し炭になって蒸発するだろう。

 俺みたいな才能のないやつにもそれを想像させるくらいには、この勝負の決着はもう明らかだった。


 俺はコアにある命令を下しつつ、彼らの元へ歩み寄っていく。


「そこまで。勝負はついただろう」


「……承知致しました」


 ワイズ・トロールは俺の声に、不満を見せないどころかむしろ誇らしそうに手を止めてすぐに引き下がった。

 こんなに図体でかくて化け物みたいな見た目をしているのに、中身はどこまでもモンスターらしくないやつだった。


 声高いしね。


「ロード・オブ・バフォメットよ。選べ。このまま死ぬか、俺の下についてその豪腕を俺のために振るうか」


 ロード・オブ・バフォメットは俺の手を取りブルルルッと唸る。


「ショウチ、シタ。オレ、オマエに、ツカエル」


「獄語なまりですねぇ」


 片言の日本語。奇妙な音声が混じっているのは、獄語とやらが原因なのか。とにかく、ロード・オブ・バフォメットは俺の手を取った。


《ロード・オブ・バフォメットが迷宮の支配下に下りました》


 アナウンスが流れると同時に、俺もそれが事実であることを迷宮主として感じ取った。

 最強のモンスターが再び、奈落の木阿弥に戻ってきた。


 滅茶苦茶に強化されて。


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