バフォメット

 ロード・オブ・バフォメットが迷宮の支配下に下り、迷宮主としての権限も合わせて正式に鑑定したが、やはりロード・オブ・バフォメットは完全強化されていた。

 ……完全強化に必要な経験値は、鬼人よりも多そうに見えるのに。


 実際、このロード・オブ・バフォメットのステータスは馬鹿げた数値になっていた。


 ぶっちゃけた話、数値だけなら魔王としての補正によって大幅に強化されたワイズ・トロールを軽く上回る。

 それでもワイズ・トロールが勝てたのはやはり数値には出ない経験の差というものなのか。


「OK.コア――ロード・オブ・バフォメットに起こったことを、今からスクリーンに再生してくれるかな?」


《承知しました。データの復元に300DP消費しますがよろしいでしょうか?》


「構わない」


 ロード・オブ・バフォメットは人の言葉を扱うのが苦手っぽかったので、手っ取り早く映像で再現することにした。



                   ◇



「ォォォオオ。出でよ、我らが王よ」


 黒いローブを身に纏うオーガが九人、三日月に照らされるヨーロッパの平原で紅い魔法陣を取り囲んでいる。

 その禍々しい気配と異様さは、まさに邪教徒と表現するに相応しい。


 こんなガチな儀式初めて見た。


 きっと、これからロード・オブ・バフォメットが召喚されるのだろう。

 それはわかる。しかし、そんな解りきった展開なんてどうでも良くなるような事実を発見してしまった。

 ……いや、発見というのも変な話だ。


 その声を聞いた瞬間に、いや、あの見慣れない衣装に包まれていてもその集団を一目見た時に彼らの存在が誰であるかなんて一発で解った。


 バフォメット・オーガ・赤とその部下である優秀なオーガ八体。


 どいつもこいつも、DPを大量に注ぎ込んで完全強化した、我らが『奈落の木阿弥』の先鋭たちだ。

 バフォメット・オーガ・赤に至っては迷宮の最深層で同じ釜の飯を食った仲間だった。


「ぁ……」


「我らが王に……」


「「「「「「「「忠誠の死を!!!!!!」」」」」」」」


 バフォメット・オーガ・赤を筆頭にオーガたちが儀式用に見える特殊な剣で自らの喉を切り裂き自殺していく。

 青い肌に剣がつぷつぷ音を立てて突き刺さり、血液の噴射と共に首がコロリコロリと落ちていく。


 バフォメット・オーガ・赤たちが死んでいく。


 そして次の瞬間には彼らの死体と血液を贄に完全強化され莫大な力を得たロード・オブ・バフォメットが召喚されていた。


 ロード・オブ・バフォメットはオーガたちの死体をバキバキボリボリ音を食べながら貪っていく。

 まだ紅い光の残る魔法陣の上で、三日月の淡い光に照らされて。


 バキバキボリボリバキバキボリボリバキバキボリボリバキバキボリボリバキバキボリボリバキバキボリボリバキバキボリボリ…………。

 チャプチャプと血の音を立て啜りながら、ロード・オブ・バフォメットは食事をしていた。


 三日月に照らされる山羊の足と牛の頭を持つ悪魔。


 その映像は勇者パーティが処刑された時の映像に匹敵するほどグロテスクで、ショッキングなものだった。


「ぉぇ……」


 思わず口から嗚咽が漏れ出る。


「……こ、これは凄惨ですね………」


 ワイズ・トロールも少し顔を青ざめさせて、そう呟く。


 あまりのショックに身体がずんと重くなり、具合が悪くなっていく。

 バフォメット・オーガ・赤は寡黙なやつだった。赤い肌にごつごつとした筋肉、鬼のような強面と巨人のような大柄な体格。

 ニヤリと笑ったその表情は豪傑そのものなのに、性格は少し暗いやつだった。


 そして、その暗い性格から引き出されるネガティブなジョークには少し共感できて面白いやつだと思った。


 俺は普段、ゲームをしているし、それこそ今や奈落の木阿弥の主要メンバーと言える奴らに俺の指示で勉強させている時でも俺は一人でゲームをしていた。

 それでも彼らもずっと勉強ばかりしているわけでもないし、あの時は毎日ではなかったが割と高頻度で俺もご飯を作って差し入れたりしていた。


 定期的に、色んな階層に遊びに行って王に近況報告をさせることもしていたりした。


 だから、バフォメット・オーガ・赤ともそれなりに面識もあったし交流もあった。


「どうして……」


 どうしてバフォメット・オーガはこんなことを……。

 そんな疑問が、意図せず口を突いて出た。


「バフォメット・オーガ・赤はロード・オブ・オーガとバフォメット族のハーフです。そして彼はバフォメット族としての意識が高かった。

 だから、その王であるロード・オブ・バフォメットの復活は彼の悲願だったのでしょう」


 ワイズ・トロールが泣きそうな声でそう教えてくれた。


 そうだったのか。

 結構、遊びに行ったんだけどな。まぁまぁ話したんだけどな。


 俺はバフォメット・オーガ・赤のその悲願について、今、ワイズ・トロールに教えて貰うまで知る事が出来なかった。

 彼らをとりまとめる迷宮主として、俺は失格だ。


 もし、バフォメット・オーガ・赤がそれを望むのなら、ロード・オブ・バフォメットは奈落の木阿弥に所属していたんだ。

 少なくともバフォメット・オーガ・赤が死なずに、彼の悲願を叶えることだって出来たはずなのに。


 俺が迷宮主になったのは確かに成り行きだ。

 未だに覚悟だってまともに決まってないし、俺の心はふとした時に迷宮主であることを忘れて、昔のニートだった頃の俺に戻ってしまう。


 それでも、仲間が死んでしまうから哀しい。


 いや、覚悟が定まっていないからこそ、バフォメット・オーガ・赤の死がこんなにも哀しいのだろう。

 そして、俺はそれで良い。

 仲間が死ぬのが嫌で悲しんで泣きそうになる、そんな迷宮主だって良いのだろう。


 ただ俺は、すべきことをする。


 俺はロード・オブ・バフォメットに向き直って問うた。


「ロード・オブ・バフォメット。お前ならヨーロッパに散らばるオーガを統率できるだけの器がある。そして、この惨状を生み出したお前の実力は信頼できる。

 ロード・オブ・バフォメット。今日からお前は魔王だ」


「ツツシンデ、マカサレタ」

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