終戦! 元荷物持ちVS勇者&大女神

 死んだ仲間は生き返らない。それは、勇者だろうが大魔王である俺だろうが同じ。


 だからこそ、魔王たちもまた生き返らない。

 だが迷宮主としては違う。――新たに、鬼人もロード・オブ・バフォメットもベリアルも・アークゴブリン・闇もバフォメット・オーガ・赤もワイズ・トロールも――一度召喚したモンスターは、等価分のDPさえ払えば蘇る。


 ついこの間まで俺と話していたあの魔王たちと全く同じ姿で、ステータスも使えるスキルも全く一緒なのに……全然違う、DPで作られた模造品を作り出すことが出来る。


 彼らは言葉を喋らない。


 彼らには経験がない。


 彼らにはまだ人格が備わっていない。


 本来ならこれから長い時間を掛けて、信頼も経験も言葉も人格も培っていかなければならないのだろうけど、当然、そんな時間が用意されているわけもない。

 呼び出したばかりの、かつての友人の人形はほぼ無抵抗に勇者に殺されていく。


 ステータス上は完全強化されているんだけどなぁ……。


 経験も人格も培ってきたあの魔王たちですら、瞬殺されたのだ。


 今呼び出しただけの、DPの集合体に過ぎない肉人形。――高度な読みで勇者相手になんとか食らいついていたあの鬼人ですら瞬殺される。

 俺は死んでいった仲間までも、踏みにじるような真似を……こんなこと、本当はしたくなかった。


 心を支配する、センチメンタルを俺は踏み抜いて、胸ポケットにしまっている紙を引き抜く。

 ……タキエルから貰った召喚陣。

 結局、今まで使う機会のなかった――なんなら、白い鎖に縛られるまで存在すらもすっかり忘れていたあのゴーレムを召喚する。


『対勇者ゴーレム』


 まだ、タキエルと出会って間もない頃。迷宮のインフラや生産を整えるゴーレムを一通り作って貰った後その場にある素材をかき集め、潤沢にあるDPを惜しみなく使い作り上げた超破壊ゴーレム。

 その気になれば、地球を二回は滅ぼせる破壊力を秘めたこのゴーレムは危険物だとずっと封印していた。


 ……ただただロマンを追い求めて作った、おもちゃ。


 まさか本当に使う日が来るとは思っていなかった。


「小賢しいわね」


 勇者がゴーレムの腕を切り落とす。……それと同時に勇者はゴーレムの拳で遠くに飛ばされる。

 その隙に、ゴーレムは切られた腕を再生していた。


 ゴーレムは雷速で勇者に迫り追撃を仕掛けるが、今度は腕を二つ切り落とされる。


 しかし、勇者はゴーレムの胸から出てきたロケットパンチの追撃を喰らっていた。


 ……最強のロマンを追い求め、勇者に勝つことを目的として作り上げたゴーレム。

 それを作り上げたのはもう四ヶ月以上も前の話だけど、その後もゲームの合間いちゃいちゃの合間鬼人にしごかれた日の夜――色々時間を見つけては、改良を施してきた。


 その改良の一つが、迷宮連動システムである。


 そのシステムはゴーレムを迷宮と繋げることで――ゴーレムの攻撃力や欠損をすぐに再生するだけの魔力を、迷宮内から賄うことが出来るようになる。

 ……具体的に言うと、迷宮の魔力が続く限り、ゴーレムは無限のエネルギーと再生力を持ち続けると言うことだ。


 そしてそれは、ゴーレムが傷付けば着くほどに迷宮が枯れていくことと同義である。


 その証拠に、魔界樹の森がこの数瞬で二つも消えた。


「……鬱陶しいわね。……時間がないのに!」


 勇者はゴーレムの中心部から十字に――四分割に切り裂いた。


 ゴーレムはそれを合図に、勇者を巻き込む範囲で爆発を起こす。――かなり遠くでの戦いのはずなのに、俺の身代わりが割れてしまう。

 ……自爆。しかし魔界の森が迷宮10階層分消えただけで、粉みじんになったゴーレムは回復する。


 再生したゴーレムが畳みかけるように、雷速に匹敵する動きで勇者を追撃する。


 あの大質量を雷速で動かすだけでも、森がドンドン消えていく。

 しかし、勇者には届かない。勇者の速度は光速を越えるから……。


 それでもゴーレムは着実に勇者のタイムリミットを削っていってくれる。


 勇者に蓄積されたダメージもある。

 俺は、タキエルに感謝すると同時に罪悪感が募る――足手まといだなんて言ってしまった事が俺の胸の奥でズキズキと痛んだ。


 それでも、タキエルの作ってくれたゴーレムは俺を守ってくれている。


 その事実が、俺の心に勇気をくれた。


「OKコア」


 俺は世界の果てに避難させていた迷宮のコアを召喚する。


「勇者を拘束してくれ。……DPは全部使ってくれて構わない」


《承知しました。……成功確率は30%ですがよろしいですか?》


「構わない」


 俺が許可を出している間にも、魔界樹の森は消えていく。迷宮内だけではない。世界中に俺が展開していた大きな魔界樹の森がドンドンドンドン消えていく。

 なのにコアは大量のDPを動作に変換するのに時間を使っている。


 勇者は戦いの中で強くなっていくようなやつだ。


 ただでさえ絶望的なほどの力量差なのに、ちょっとの希望すらも与えてくれない。

 ゴーレムの損耗と、欠損速度が加速していく。勇者に与えられる負担が軽減していく。

 ……ゴーレムが崩れ去り、動かなくなった。


 勇者がこちらに、近づいてくる。


《拘束に、成功しました》


 もうダメか……俺が全てを諦めかけたその時、勇者がピタッと俺の目の前で止まる。……拘束に成功した。

 後はこのまま制限時間が来て勇者と大女神が一緒に崩壊してしまえばその時点で俺の勝利が確定する。


「……俺は、勝ったのか?」


 力が抜ける。腰が抜けて倒れてしまいそうなのを、どうにかこうにか耐える。

 勝った? 勝ったみたいだ……。喜びと達成感で顎の奥が震える。


「いいえ、まだよ」


 そんな折り、勇者が俺の目の前のコアに向かってなめらかな動きで聖剣を振り下ろした。

 光を越える速度で動ける勇者にしてはあまりにも遅く、大魔王最終形態によって更に大幅に上がった俺の動体視力が、そんな勇者の剣の動きをスローモーションのように捉える。


 しかし、安心しきり緊張が解けて震える俺の身体は腰が抜けて動いてくれない。


 コアをどかさなきゃ。逃げなきゃ。そう思うのに、身体は全然言うことを聞いてくれなかった。

 抜かった。油断した。俺は、負けるのか?


 泣きそうな気持ちで死を覚悟したその時、シュルルルッと白蛇が勇者に向かっていく。――白蛇は身を挺してコアを庇う。

 そして、白蛇の胴体が勇者の聖剣によって豆腐のようにすっぱりと切れてしまう。


「へ、蛇公っぉぉぉおおおおおおおお!!!!!!」


 しかし、切られた白蛇はニュルリとした動きでそのまま聖剣を振り下ろした勇者の手首に噛みついた。


『くっ、お前は主の……。飼い犬……いいえ、飼い蛇に手を噛まれるとはこのことね』


 大女神が呟くと同時に、白蛇は勇者のHPもMPもレベルも全部ドレインによって吸い取っていく。

 吸い取って吸い取って……勇者の制限時間ごと生命力を奪っていく。


「あぁぁぁぁ! 大女神様、このままじゃ」


『ええ、崩壊するわ』


「どうにかしてください!!」


 勇者は慌てふためき、叫ぶ。しかし、鑑定で見れば勇者のHPは既にゼロ。

 制限時間も当然残されていない。勇者と大女神の融合したからだが崩れていく。崩れ去っていく。


「『ウァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!」』


 崩壊のひび割れから強い光が漏れて、ボロボロとカステラのようにあっけなく勇者が崩壊していく姿があった。

 勇者が死んでいく。大女神が蒸発する。


 その証拠かどうかは解らないけれど、勇者のステータスも万物を説明する鑑定の表示も、一つ一つ消えていって、やがて見えなくなっていく。

 咄嗟に開こうと思っても、アイテムボックスが開かない。


 使えるようになった魔法も、スキルも全てが失われていくのが解った。


 大女神が死ねば、それと同時に世界中の女神が死んでいく。それはまるで迷宮主が死んだ時に、迷宮のモンスターが全部死んでしまうように。

 そして、それと同じように女神が死んで、女神が人々に与えたスキルや魔法もまた消えていってしまうのだろう。


 だから、俺もそんな人々のように鑑定眼もアイテムボックスも――迷宮主になって取得した全てのスキルも失われていくのだろう。


 その現象が何よりも、俺の勝利を証明していた。


 大女神が死んだ。


 多くの仲間を失った。


 タキエルと嫌な別れをしてしまった。


 ……なんだかんだで仲間だった勇者が死んで少し寂しくて、それ以上に誰よりも強い彼女に勝てたことが嬉しい。


 そして、最後の最後で俺が油断をしてしまったばっかりに白蛇が切られてしまった。

 その切られた傷は大女神の死が影響しているのか、HPもしっかりドレインしたはずなのに、回復せず、白蛇は満身創痍だった。


 俺は白蛇を抱え上げる。


「蛇公……」


 シュルルルッ――全くしょうがねえやつだよ。俺様がついてなきゃてんでだめじゃねえか。

 光を失いつつある白蛇の目は、俺にそう語っているような気がした。


「蛇公……蛇公」


 シュルルルッ――泣くんじゃねえよ。泣きてえのは俺様の方だってのによ。


「ごめん……ごめん……俺……」


 シュルッ……ったく、どうせお前も直に死ぬんだ。俺様は先に地獄に行って待っててやるからよ、それまでは精々つかの間の人生を歩みやがれ。


 シュ……好きだったぜ、相棒……。


「蛇こぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおうううううううう!!!」


 蛇公が息を引き取った。涙がボロボロ溢れてくる。


 勇者に勝って、大女神に打ち勝って――それなのに俺は、俺は……蛇公、お前までをも失ってしまうのか?

 勝利したのに、俺の手にはなにも残らないのか?


 俺は泣き続けた。


 もう迷宮じゃなくありつつある、この奈落の木阿弥があった飛騨山脈の山の中で、ひたすら号泣し続けていた。

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