47【僕とリリィの再契約】



 その後の展開は、そう、まるで走馬灯のように僕の頭に流れ込んできた。


 あれからリリィが塞ぎ込んだ事、クラリーノの暴走は彼への一方的な想いを拗らせた単独行動だった事、それによりリリィは咎められなかったけれど、リリィの家名には甚大な影響が出た。


 元々下級貴族だったのが、それこそ落ちぶれ貴族と言われるまで地位を落とした。


 時は過ぎる。高等部へ上がったリリィは徐々に不登校になり始めた。幼馴染みのココが何度も家に押しかけている姿も見えた。

 この頃からマリアにも付きまとわれ始める。


 サキュバスとしての能力は上がらず、代わりに腕っ節だけがレベルアップするリリィに魔界の男達はことごとく玉砕されていく。通り名の理由が理解出来る。



 リリィは毎晩、あの海辺で夜の海を眺める日々を過ごし、遂に決断した。世界を渡る事を決めたんだ。ゼムロスさんは反対していたけれど、リリィの意思は固いようだった。



「ゼムロス、行くわよ?」

『リリィ、気持ちは分かるが……もし、見つかったとしてもよ』

「……分かってるわよ。使い魔のくせに騒がないの。早くゲートを開けなさい」

『座標はリリィ、お前の勘に任せるしかねぇぞ。ピンポイントで辿り着く可能性なんざ0.2%程だぜ。それでも行くのか?』

「……行く。別にいたからって……どうこうするつもりはないわ。ただ……存在してるんだってことを……確かにそこに居るってことを……か、確認出来れば……それでいいの。

 ……その人の人生を邪魔はしないわ」

『そうかよ……ま、人間界で従者も作って単位も取るって約束するなら協力はしてやるぜ。ゲートを開く代わりではないがよ、これで全部吹っ切っちまえよ。昔の事はな。ま、そもそも、人間界にいるとは限らねぇけどな」


「……努力、するわ。それに、居るわ。夢を見たのよ、彼は、人間に生まれ変わったの」


『そっか。なら、行くぜ人間界』


 ——


 ——


 ……ここで暗転。僕の意識が徐々に戻ってくる感覚がする。


 リリィの、そうだ……リリィの太ももの感触が、僕の頬に。冷たい……涙?

 これは、リリィの?

 いや、違う……泣いているのは……


 僕だ。


「……う……リリィ……?」

「……あ、お、おはよう……」


 僕は起き上がりリリィを見た。リリィは決まり悪そうに目を逸らそうとしたけれど、そうする事なく僕を真っ直ぐに見つめてくる。

 その大きな瞳は暗くてよく見えないけれど、潤んでいるように見えた。僕が泣いているから、そう見えるだけかも知れないけれど。



「……」「……」



 リリィの肩が震えている。僕はそう、確信はないけれど、確信を得た気がする。

 リリィは僕ではなく、僕の魂、つまり彼を見ているんだ。僕ではなく、彼を。僕の魂に刻まれた、は彼に施したもので、決して……


「……そうか……リリィ、ごめん。僕は……彼の……」


「待って。ア、アンタは謝ることなんてないわ。これは私のワガママ、ただのエゴでアンタを巻き込んでしまっただけ。すずきの気持ちは分かるし、それに……」


 リリィは言葉を詰まらせてしまった。しかし、軽く深呼吸をした後、もう一度、口を開いた。



「それに……もう、私、ダメみたい……」


「……リリィ?」


「ごめんなさい、ごめん……なさい……私……わた、し……は……

 ……私……かんじが……好きに……なっ……」


 リリィは泣いた。僕の目の前で、大粒の涙をポロポロと流し、尻尾はペシャンコにして、子供が泣くように大声で泣き出した。


 僕は驚くよりも先に、泣いてしまったリリィを抱き寄せた。リリィは少しだけ抵抗したけれど、すぐに大人しくなる。

 と、思ったら、バッと離れては両手で僕の身体をポコポコ殴ってくる。


 痛くはない。力はこもっていない。何度も、何度も僕を殴りながらリリィは声をもらす。


「……バカ、バカ……のバカバカバカ……かんじのくせに生意気よ……うっ……」


 本当、僕の癖に生意気だよな。

 あれ程の過去を持つリリィに、差し伸べられる手が僕にあるのか。


 ただ、彼の魂、多分生まれ変わりなだけの僕が。


 もし、この世界に神様なんてのがいるなら言ってやりたい。少し、意地悪くないか、と。悪魔もいるんだし、どうせいるんだろ?


 それでも僕は、


「……かんじのくせに……っ……か、んじのっ、くせにぃっ、って!?」


「はじめて名前で呼んでくれたな。リリィ、僕は……僕が彼の代わりになれるとは思っていない。それでも、僕は、リリィといたいと、思う」


 もう一度、リリィを抱き寄せた。

 リリィは驚いているけれど、僕の問いかけに答えてくれる。


「……だ、大事にしなさいよね……き、貴族の私をちゃんと満足させられる男になりなさいよね……」


 それは、リリィなりの承諾だろう。


 僕とリリィは、

 この夏の日の夜、本当のカップルになった。



「……かんじ……?」

「な、何だよ……」

「……初めては……も、もう少し先で……いいかな……」


 流石はサキュバスだよね。その辺りは別にいいのに。しかしリリィは真剣みたいだ。


「そりゃ勿論」

「ありがと……気持ちの整理に時間がかかりそうだから……」

「……うん、分かってる」

「……かんじ……?」

「こ、今度は何だ?」

「もう少し、強く抱いて。壊れてしまうくらい、強く」


 僕はリリィの言う通りに、少しだけ力を入れて抱きしめてみた。


「……かんじ、もっと」



「……もっと、強く」



「……もっと……もっとつよくっ……」



「……もっと……」




 僕に出来る事なんてないかも知れない。けれど、やれるだけの事をしよう。


 しかし何だ、これがツンデレってやつかな。




「……ちょっとかんじ?」


 こうなってしまうと可愛いものだな。


「どうしたんだリリィ?」


「いつまで抱きしめてくれてんのよ。早く皆んなの所に戻るわよ。か、かんじのくせに生意気よ!」


 あー……これがアレか。


 ……これがツンデレだよな。デレ短くない?


 とはいえ、リリィはこの方がらしくていいや。

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