36【三人目のサキュバス】


『ご主人がお前達に話したいことがあるみたいだにゃ。心して聞け』


 影猫はそう言って少女を見上げる。少女は心底眠たそうな顔であくびをして、目を擦りながら僕とリリィを見た。


「ふふふ、リリィ。貴女何処にもいないと思ったら人間界で青春しちゃってたなんて、堕ちるところまで堕ちたみたいれ……ん、みたいね!」

『惜しかったにゃ、最後だけ噛んだにゃ』

「ま、真黒まぐろは黙ってらさいっ!」


 何だか口論が始まったけど、多分リリィの知り合いか何かだろうな。


「アンタ、何しに来たのよ。お子ちゃまはお家に帰ってお寝んねしてなさいよね!」


 リリィは角のある物言いで少女に言った。少女は顔を真っ赤にしてリリィの前に立ち大きな瞳でキッと睨みつけた。

 二人共ほとんど背丈は変わらないな。それに、少女もお胸がリリィ並みだ。少しばかり少女の方が小さくも見える。多分、それはリリィより少女の方が少しばかり膨よかだからかな。


「お子ちゃまじゃないのれす! リリィと違ってココはちゃんと従者を作ったんだからね!」

「従者を!? アンタが!?」

「そうよ! リリィとは違うの。ココはサキュバスとして貴女より先にいるのれふっ、ですっ!」


『だから噛み過ぎだにゃ……落ち着けにゃ』


 さっきから影猫……確か真黒まぐろって言ったか。その真黒のツッコミが気になる。

 と、そんな思考を巡らせていると何やらリリィと少女が取っ組み合いに!?

 もしかしてめちゃくちゃ仲悪いの!?


「アンタなんかに負けてないわよ、この処女!」

「あ、貴女も処女でしょ!」


 おいおい……止めた方がいいのかな?


「なら、勝負よ! 主人あるじが命ずる、使い魔ゼムロス、来なさいっ!」


 リリィが声を上げると途端にゼムロスさんが召喚された。そうか、これがゼムロスさんが言ってた強制召喚ってやつみたいだな。

 ゼムロスさんはひとしきり飛び回ると、真黒を見てビクッと身体を震わせた。


『お前は真黒!? 何しに来やがったこの陰険メス猫め!』


 激しくパタつくゼムロスさんを見上げた真黒は毛を逆立てて威嚇の体勢に入った。


『ふん、超音波爺いのゼムロスかにゃ。お前も堕ちたにゃ。主人を人間にとって食われるとか。にゃははっ!』


 どうやらこちらも犬猿の仲みたい。コウモリと猫だけど。


 リリィは大鎌ソウルイーターを召喚。

 噛み噛み少女は身体より大きな大槌ハンマーを召喚して構える。多分もう僕に止める術はないと見た。向こうでは既にコウモリと猫がやり合い始めたし、とりあえず傍観しておくか。


 人がいない通りとはいえ、普通に街中で大鎌と大槌を振り回す少女二人。色々めちゃくちゃだな。


 両者一歩も譲らない攻防戦、あのリリィ相手にあの金髪ツインテールの少女は互角にやり合っている。

 しかしその時だった。


『加勢するにゃ!』

「ナイスです真黒、隙ありっ!」


 真黒がリリィの足元に入り動きを制した瞬間を見逃さまいと少女が大槌を振り上げる!


「ちょ、ゼムロス!? ちゃんとこの猫足止めしてなさいよね! 馬鹿!」

『す、すまんリリィ!』


 あのゼムロスさんをあしらうなんて、真黒とかいう猫はかなりやり手みたいだな。って、感心している場合じゃない!

 止めないと流石に大怪我するっての!


 そう思った時、リリィの真っ赤な大鎌に漆黒の翼が生え真っ黒な大鎌へと変貌した!

 

 これは、ゼムロスさんが宿ったのか?


 リリィはその翼で高く跳躍した。それを追って真黒が跳ねたけどゼムロスさんの超音波が大鎌から放たれて返り討ちに。

 影猫の真黒はポヨンと地面を跳ねて伸びてしまったみたいだ。


「そ、そんな真黒っ!?」


 そこからは早かった。リリィの放つ一振りの衝撃波で少女は見事に地面を転がって、遂にはうつ伏せでぺしゃんこに倒れ込んだ。


「……うぅ……」

「ふん、覚悟しなさいよね?」

「……リリィの……馬鹿……」

「な、何よ……命乞いのつも……」

「ココは……ただ……」


 少女は地面を舐めたまま小さな身体を震わせている。僕はそろそろ止めに入るかと身構えた。


「……ふん。帰りなさいよ。アンタが私に腕っ節で勝とうなんて甘いわ」


 リリィは大鎌を影にしまうと腰に手を当て尻尾を左右に振る。

 倒れていた少女の尻尾がピクンと反応したと思うと、ゆっくり起き上がる。ツインテールにしていた髪が片方だけ解けた少女は瞳に涙を浮かべて膨れている。


「リリィ……貴女、このままでいいの……い、いつまでもあの時のこと……」

「……それは私の問題、アンタには関係ないわ」


 リリィは切れてしまったゴムを器用に結びなおし少女の髪を元通りに結ってあげた。


「関係ないとか……」

『ココ、完敗にゃ……でもにゃ、ついつい喧嘩ににゃっちまったけど、そんな事をしに来た訳じゃにゃかったんじゃにゃいか?』


 真黒は少女の前に出て僕達に言った。


『うちの主人様はにゃ、そこのリリィの事が心底気になるみたいにゃ』

「ちょ、真黒っ!? な、何をそんらっ!?」

『意地を張るにゃ主人様よ。人間界で楽しそうに過ごすリリィを見てココも仲間に入れて欲しいと思ったみたいにゃよ』

「はぅ……」


 少女、いやココは顔を真っ赤にした。しかし尻尾は返答に対する期待と不安で左右に揺れている。そんな風に見える。


「アンタが私と……? ま、確かにこちらでの生活は悪くないわ。ア、アンタが来たいなら、今度海に行くから連れてってあげてもいいわ? いいわよね、すずき?」

「い、今更サキュバスが一人増えても何てことないよ。一緒に行けばいいんじゃない?」

「だってさ」


 ココは瞳を輝かせて尻尾をブンブンブブンと激しく降り喜びを表現している。

 一緒に遊びたかったとか、普通に可愛いなコイツ。言葉は噛みまくりだし。


『にゃ、そろそろ従者の迎えが来る頃にゃ』

「そ、そそそ、そうれっ! そうね。リリィ、また来るわ! ココの美しいボディラインを見せつけてやるんだから覚悟しらさいっ?」

『だから落ち着けにゃ』



 そんな事をしているとココの後ろに空間の歪みみたいなモノが現れ、中から馬車に乗ったおっさんが現れた。このおっさんが従者だろうか?


「あ、パパ! 帰るわよ、ふふっ!」

「ココ、今日はご機嫌じゃないか」


「……って、従者って親父かよ!」


 リリィが珍しくツッコむ! あのおっさんが従者かよ!? しかも親父かよ!


 親父を誘惑したってか!!!!


 それ、アリなの? えーーーっ……



「そ、それじゃあまた。パパ、出して頂戴な」

「かしこまり」


 ゴツいな、親父さん……


 こうしてココと真黒、従者のパパは姿を消してしまった。えっとつまり、あの子は魔界から通いで人間界に来てるのかな?


「リリィ、あの子は……」


「ココ=ナッツ=ド=アラモード、私の幼馴染よ。それこそマリアと違って小さな子供の頃からの腐れ縁みたいなもの。そして大貴族よ」


「リリィも貴族なんじゃ」

「私は知っての通り落ちぶれ貴族の令嬢よ。ココは魔界でもトップクラスの大貴族なの。そんな子が劣等生の私と仲良くしたいなんて、変よね」

「いや、そんな事ないんじゃないか?」


『ま、あのココとかいうお嬢も処女だからな。劣等生って所とバストサイズはリリィと同じだぜ、ハッハァ〜ってぬぐあっ!?』


 あ、捕まった。今のはゼムロスさんが悪い。僕は助けませんからね。


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