67【魔界フルマラソン】
僕とサキュバス二人、使い魔達は目立たないように街の隅を歩く。走りたいのは山々だけれど、なにぶん、僕は人間だ。見つかると色々厄介だからとゼムロスさんが言ったのだ。
しかし、
「ぷふっ、漢路〜かわい〜な〜っ」
「ふふっ、ケモ耳……」
僕を見るマリアとココの視線が痛い。
そう、僕は変装と称して体中をいじられた訳で、何というか……獣人的な種族に。
言っても頭にケモ耳、お尻に尻尾を取り付けられただけなんですがね。こんなので本当に大丈夫なの?
すると威勢良く店先で声を張り上げていた強面のマッチョ悪魔、それも目が三つあるお方が僕に話しかけてきた。
「よーネェちゃん、買ってかねーか?」
ほら見ろ。ネェちゃんって言われた……
そうだよ、服は用意出来なかったという事で、マリアのを着せられたからだよ。いや酷い。
魔界に来て女装とか……しかもケモ耳付きとか痛いにも程があるぞ。
それにこのおっさん、完全に僕を女だと思って鼻の下伸ばしてるよ。
「これはスパイシーフルーツだな〜。おっさん、こんなの食べらんないよ?」
マリアが普通に失礼な言葉を投げつける。しかし、おっさんは三つの目をニタッとしては少しばかり気持ち悪い笑顔で言った。
「こりゃ直接食うものじゃーねーからな。料理の隠し味に使うんだ。今なら安くしとくぜ?」
「う〜ん……」
マリアは首を傾げては尻尾をゆっくりと振る。尻尾を見ていると、よくリリィもフリフリしていたなと、そんな事をふと思う。
スパイシーフルーツか。そうだ……
「あの、このフルーツについてお聞きしたいのですが……」
……
「漢路〜、何でスパイシーフルーツなんて買ったのさ〜?」
「そ、そそ、そうらよ。しかもココのお金使うしっ!」
『まぁちょっと落ち着けにゃ』
ありったけのスパイシーフルーツをマリアとココの影に収納した僕は、ポケットにも一つ忍ばせた。
暫く歩くとリリィの住む屋敷が見えてくる。立派な建物だ。本当に貴族だったんだ。
とはいえ……
『駄目だぜグエッヘ……警備が厳重過ぎて入れそうにない〜』
偵察に行っていたクロウが言った。いつもは警備なんていないみたいだけれど、明日、オールドファッション家のおっさんとの挙式が行われるからか。
ゼムロスさんならリリィの所に行けるんじゃないかと聞くと、残念ながら使い魔契約を凍結されたらしくリリィとは繋がれないと。
つまりは何とかして侵入するしかない訳だけど。
「漢路〜、どうする?」
「そうだな……マリア、式は何処で行われるんだ?」
「確かオールドファッション家でだね」
僕達が話していると大きな門が開き中から大層な馬車が飛び出した。咄嗟に身を隠した僕が見たのは精気を失った表情の、リリィの横顔だった。
馬車の後ろに乗せられていた。
「い、今のって!?」
「ま、間違いらいのよ。リリィなの!」
でも、どういう事だ?
式は明日だったんじゃ……
『恐らくリリィはオールドファッション家に連れて行かれたようだぜ。そして明日、契約を結びオールドファッション家次期当主、プォンの嫁に……』
「追いかけよう。オールドファッション家はここから遠いのか?」
『徒歩で行けねぇ距離じゃねぇが……式までに間に合うか……』
いや、それは徒歩で行ける距離じゃないよね?
「漢路〜……」
「そんな顔するなよマリア。知ってるだろ、僕は元陸上部。長距離は得意って訳でもないけれど、歩いて駄目なら走ればいいってね」
とりあえず、走る前にストレッチを。怪我をすると元も子もないからだ。
『どうやらそれしか方法はないみたいだにゃ。馬車は全部出払ってしまってるにゃ』
真黒は大きな瞳をパチクリさせながら僕を見上げる。入念な準備運動を済ませた僕は呼吸を整える。なら、行きますか。
こうして僕は、魔界でフルマラソン以上の距離を走る羽目になった。しかし背に腹はかえられない。リリィが契約されたらお終いだ。
あの時はオーダーを打ち破ったけれど、もし、相手にオーダーを行使されたら全員が玉砕だ。
恐らくリリィ一人でここにいる全員を倒せる。そうなってしまったらゲームオーバーだ。
考える時間があるなら走れ!
故障上等、
「ゼムロスさん!」
『おうよ兄弟。走れってんだぜ!」
頼む、間に合ってくれ!
……
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