66【契約前夜】※


 ここ、魔界のある街のある屋敷、一際大きな屋敷。しかし大きいだけで決して綺麗とは言えない、

 そんな屋敷の一室にリリィは居た。


 リリィは固く閉ざされた窓から外の風景を眺めている。背の高い屋敷の一室から見下ろせる街並みはリリィの見慣れた景色だ。

 何故なら、この屋敷はリリィのホーム、所謂帰る場所だから。


 小さな悪魔はため息をつくとカーテンを閉め、薄暗い部屋のベッドに顔を埋め尻尾をぎこちなく振る。


「……かんじ……」


 そんな時、部屋のドアをノックする音が響いた。リリィはそれを無視、お尻をツンとしながら上半身を毛布で覆う。

 しかし、ノックはしつこく鳴り響く。


「リリィ、リリィ……おほん、開け〜るよ?」

「はっ……あ、開けたら殺すから!」

「いやいや〜物騒な。オールドファッション家のプォン=デ=リングー卿がお越しになられたのだか〜ら、ワガママを言わな〜い」


 オールドファッション家。

 魔界の上位貴族の一つ。そこの息子、父親と大して歳も変わらぬ男がリリィの結婚相手である。ショコラティエ家の存続の為、リリィは彼に買われた訳だ。そのリリィが失踪したと聞いてプォンは怒り狂っていたが、見つかったと聞いてわざわざやって来たようだ。


「いや!」

「だ〜めだよ、リリィ?」


 廊下にはやけに口調の柔らかなリリィの父の声が聞こえる。どうやら彼、プォンもそこにいるようだ。


「まぁ良いでござるよ、年頃の少女故の恥じらいでござろう……失礼するでござるよ、リリィ嬢」

「……っ!?」


 プォンは躊躇なく部屋のドアを開けた。

 そこに居るのはドアの枠よりも横幅がある、といった正直汚ならしいの一言の巨漢だった。着ているものこそ貴族だけあり高級だが、そこに高貴さは微塵も感じられない。


 リリィは全身を毛布で覆い小さくなる。その毛布を乱暴に取り払ったプォンは息を荒げてはリリィを見下した。その表情は謎の快楽に歪む。

 依然小さく丸まったままのリリィの尻尾を強く握ったプォンはそれをグイッと引っ張っては無理矢理彼女を引き寄せようとした。


「い……た……いっ……触らないで!」


 今にも泣きそうな顔でプォンを睨みつけるリリィ。

 しかしプォンの歪みきった表情は更に高揚感を帯びてしまう。立派な腹をポリポリ掻いては指先をクンクンと嗅いだ巨漢は無言の笑顔を見せた。そして、





 部屋に乾いた音が響いた。



「ひっ……」

「ご主人様に向かってその態度は何でござるか。君は某の嫁となる者。それはつまり某のモノとなると同義。今ここで契約をしても良いのでござるよ?」


 リリィの頬が赤く色づく。恐怖で硬直したリリィの尻尾は完全に萎れベッドに沈んだ。


「わ、私はまだ契約してない!」

「なら、今ここで交わしても良いのでござるよ、と言ってるでござろう。彼、いやお父様の目の前で某と一つになるのも一興……そうでござろう?

 ……ショコラティエ卿、ククク……」


 リリィの父は無言でその場を去ろうとした。


「何処に行くでござるか。君も見るのでござるよ。娘の処女喪失の瞬間を」

「……っ」

「何か文句でもあるでござるか?」

「あ、いえ……お言葉ですがオールドファッション卿。式が明日に控えております故……契約は式で」

「頭の固い男でござるね君は。そんな事だから下落するでござるよ。自分の女一つ守れぬ男だし仕方ないでござるな。君が素直なら、彼女も死なずに済んだかも知れぬのに」


 彼の言う彼女とは、リリィの母を指す。母はリリィの幼少期に亡くなった。病死だった。

 彼女は死する前に解呪を施し、父の命を繋いだ。彼女は魔界で唯一のランクAAサキュバスだった。


 しかし病には打ち勝てなかった。いや、治療さえ受ければ治った。しかしそれには魔界の医療関係者の繋がりが太いオールドファッション家の紹介が必要だったのだ。

 オールドファッション家の出した金額は、ショコラティエ家では到底手の届かない額で、その際、リリィを受け渡すという条件を出された訳だ。


 しかしリリィの父と母は拒否した。

 そして間も無く彼女は死に、父は生きる意味を失った。後悔もした。

 あの時、リリィを差し出せばあるいは……そう思わずにはいられなかった。


 そして今、彼女が守ったモノを手放そうとしている。彼は……父はリリィに的違いの憎しみを抱いてしまっているのかも知れない。

 もはや正常な精神状態ではないのだ。



 プォンは抵抗するリリィの細い顎を掴み舌を出す。


「……ゔ……」

「君は彼女に良く似ているでござるね。実に美味。下級の貴族にしておくには勿体無い」

「……汚ならしい……」


 瞬間、再び乾いた音が響いた。何度も、何度も、響いた。リリィはベッドに仰向けに倒れ言葉を失ってしまう。そんなリリィにプォンは覆い被さるように跨り言った。


「明日、式が終わってからが楽しみでござるよ。明日になればもはや某のモノ。逆らえないのでござる。どんな声で鳴いてくれるのやら、ブヒヒンッ」


 式は明日。

 契約を交わすとリリィはプォンに逆らえなくなる。抵抗は出来なくなる。


 タイムリミットは、後、十二時間。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る