16【フェアリーティンクルと恋の魔法】




「何よ、文句あるの?」


「いや、文句と言うか、何というか、僕とリリィじゃ色々と場違いかなと思う訳だよ」

「生意気なすずきね! この私が、下僕平民でその上、地面に落ちて干からびたバナナみたいなアンタとカピバラシーを歩いてあげるって言ってるのに、拒否するとか、な、なな、何様よ!」

「酷いな毎回ながら……」


 リリィはパンフレット片手に僕を見上げ、唇を尖らせた。

 いやしかし……と、考えを巡らせていると、リリィの声ですぐに現実に引き戻される。


「何よ、嫌なの?」と、尻尾をピンと立てたリリィはご立腹。——嫌な訳ではない、女の子に、ましてや悪魔とはいえお嬢様にデートのお誘いを受けているのだから、今まで女の子に縁のない人生を送ってきた僕としては喜ぶべき事、の筈。


 でも、あそこはそれこそカップルが行くような所だと思う訳だ。


 リリィは影から荷物を取り出して洋服を選んでいる。——どうやら今日もワンピーススタイルで落ち着いたみたいだ。真っ白なワンピースに着替えた天使を彷彿とさせる悪魔は上機嫌で鏡に映る自分に酔いしれている。


「行くわよすずき!」

 リリィは尻尾をフリフリ。

「わ、わかったよ」


 僕は流されるがままリリィに引きずられ、部屋を後にした。


 ——

 時刻は午前十時半、時間はたっぷりある訳だから予定を組み直し、前半はランドで昨日乗れなかった気になるアトラクションに並び乗り、その後お土産を物色した。


 折角来たのだから、仲の良いクラスメイトにもお土産を買っておこうと思った訳だ。僕は男子、リリィは女子に。後はご近所さんとかも。


 大量に購入したお土産の山は、とりあえずリリィの影に放り込み、レストランでカッピーさんの顔面オムライス、デザートに特大のパフェも食べた。

 そしていよいよ、僕とリリィはランドからシーの方へ移動した。


 ——

「へぇ、こっちにも色々とアトラクションがあるんだな」

 ——正直、ただのデートスポットだと思っていた僕は、思った以上にアトラクションが多いことに驚いた。


 リリィは得意げに、

「こっちのアトラクションは体験型アトラクションがメインみたいよ? カッピーさんをはじめ、その他の物語に登場するお姫様も体験出来るって!」

 と、尻尾をフリフリ。

「出来るだけ尻尾は目立たないようにな」


 リリィは、はっ!と思い付いたように尻尾をスカートの中にしまう。

 太ももか腰にでも巻いてるのだろうか。


「すずき、あれ!」


 お姫様の衣装で写真撮影が出来るサービス、か。


「はいはい、それでは行きますかお姫様」

「ふふん、ちゃんとエスコートしなさい?」


 ——

 試着室から中々出てこないリリィを待つこと数十分、遂に僕の前にお姫様が現れた訳だが、えっと。


「か、可愛いですよ〜妖精ちゃん!」と、係の女性が笑顔でリリィの背中を押す。


「な、なんで妖精なのよっ! お姫様がいいのに!」


 リリィは悪態をついているけど、確かによく似合っている。このキャラクターなら、詳しくない僕でも分かる。確か、幸福の妖精ティンクルだ。

 恋に悩める男女を結ぶ力を持つけれど、自分の恋愛は全然上手くいかない妖精の話に登場する、ちょっと可哀想なヒロイン。


「似合ってるぞ、リリィ。そのバストなんかティンクルにそっくりだ」

「む、すずき! ティンクルは貧乳だし! 私は貧乳じゃないわよ! ほら!」


 いや、貧乳だよ。カップはAAだよ。


※貧乳はステータスです!


「お、お姉さん、私お姫様がいいの〜っ!」


 リリィは係の人を見上げ頬を膨らませた。


「ついつい似合ってたからゴメンね。せっかくだし、一枚撮影してから次はお姫様着ましょうね?」


 どうやら係の女性はリリィが可愛くて仕方ないようだな。趣味で着せ替えているように見える。好きにしてくれればいいのだけど、ちゃんとお姫様も着せてあげけくれ。

 ……僕にとばっちりが来るのだから。


「し、仕方ないわね、ついでにすずきの恋愛成就も願ってあげるわ! 感謝しなさいよね?」と、リリィはティンクルの決めポーズで笑顔を見せ、くるりんと回転してみせた。


 ついでにね……本当、いつの間に覚えたのか。


 ——その後、念願のお姫様に着替えたリリィは、サイズが合わず子供用を着せられていたけど、そこはご愛嬌という事で触れないようにした。


 いつも貴族だなんだと威張っているだけあり、その立ち振る舞いは様になっていた。

 撮影の最後、リリィは僕を舞台に引きずり上げると、感動のラストシーンを再現させる。


 何度も言うがこの一週間足らずで、いつの間にこんな事を覚えたのやら。


 というか僕は私服なんだけど、と困っていると係の女性が僕の肩を叩く。振り返るとその手には王子様の衣装が……それを着ろと仰るのか?


 その場の空気と、順番待ちの視線にやられた僕は、王子姿になりラストの告白シーンとやらを再現させられた。


「ふふん、仕方ないわね。一生下僕としてこき使ってあげるわ!」


 ——それは意地悪な魔女の方だろうが。



 と、そんな姿もしっかり写真に収められ、やっとの事でメルヘンから解放された。


 その後もキャラクターと会話出来るアトラクションや海底の世界を再現したフィールドにも行った。どれもこれも良く出来たアトラクションで、男の僕でも感心してしまうほどだ。


 ——

 薄っすら暗くなり始めた頃、僕とリリィはベンチで休憩していた。リリィは綿菓子を一口食べると、幸せそうに頬を赤らめている。

 リリィは甘いものが大好きみたいだな。


 僕がじっとリリィを見ていると、天使な悪魔は振り返る事なく、暗くなり始めた空を見上げる。


「あーぁ、喉乾いた」

「何か買って来てやろうか?」

「私が買って来てあげるわ。すずきは休んでなさい? ふふん」


 珍しい事もあるんだな。それならとリリィに小銭を渡してやる。

 ここから自販機まではちょっと距離があるけれど、流石にこの距離で迷う事はないだろう。


 僕はボーッと空を見上げる。今日は雲もなくて綺麗な夜空だ。ちらほらと星も見える。


 ……夢の国、か。



「あれあれあれれ〜? もしかして、鈴木君?」



 夢の国から現実に引き戻された僕の顔を覗き込むのは、今年から同じクラスになった二年A組の保健係、暁月海月あかつきくらげだった。


 クラスのムードメーカー的存在でもある彼女の性格は極めて明るく友人も多い。

 リリィも彼女とは仲良くしているみたいだ。


 僕も彼女の事は良く知っている。

 栗色のショートヘアは少し無造作に跳ねていてポンコツ感が漂っている。性格は明るく独特の世界観を持っている。コロコロと口調が変わり、キャラが定まらない。


 そんな不思議ちゃんな反面、女子バスケ部の学年エースで時期部長は既に約束されているという謎の運動神経を有している、うちのクラスの天然記念物の一人である。それと、僕とは昔馴染みでもある。


 と、僕の暁月海月についての知識自慢はこれくらいにしておくとして、まさかこんな所で暁月と会うとは思ってなかった。


「暁月……?」

「そうですがな、暁月海月ですがな、はい! 鈴木君も来てたんだね? しかもシーにいるなんて意外だなぁ! 友達と? それとも親御さんと一緒に?」

「あ、いや……えっとだな」

「あっ! もしかしてもしかしてもしかして〜?」


 某アイドルグループの楽曲が流れて来そうなリズムを刻んで暁月は続けた。


「リリィちゃんと一緒かぁっ!? お主っ、まさかあのリリィちゃんと一緒かぁっ!?」


 な、何故二回も言ったのだ、この人は。

 何故二回も言ったのだ、この人はっ!


「そうかそうか、で、そのリリィちゃんは?」


 駄目だ、完全に流れを持ってかれてしまう。暁月海月は良く喋る。中々僕の付け入る隙がない。


「リリィはジュースを買いに行ったよ。暁月は友達と来てるのか?」

「お、サラッとカミングアウトしましたな〜? あ、あたしは小野さんところの家族と合同で遊びに来たんだぜぃ! 親が仲良いし、あたしも小野さんとは仲良いしね」


 小野は暁月に懐いているみたいだもんな。

 普通、という言葉がしっくりくる小野は、普通じゃない少しおかしな暁月に惹かれているのだろう。


 そんな考えを巡らせていると、小野の暁月を呼ぶ声が聞こえてきた。


「あ、小野さんが呼んでるから、あたしは行くね! リリィちゃんによろしく〜! んじゃ、デート楽しんでね!」

「あ、暁月っ!? そ、そんなんじゃないって」

「ダイジョブダイジョブ、グッジョブよ! 皆んなには内緒にしてほしいのだね? わかったよん!

 あたしはこう見えても口は豆腐並みにかたいんだから、安心したまえよ! ばいなら〜!」


 いや別にいいけど、何か誤解してるよな。

 それに豆腐って……


 暁月海月は僕の前から姿を消してしまった。回転しながらクルクルと竜巻のように。

 ……嵐のようなやつだったな。


 それはそうと、リリィは何処まで行ってしまったのか、中々帰って来ない。

 既に十五分は経過しているというのに、何をしているのだろうか。荷物はリリィの影の中だし、そもそもリリィに連絡手段はない。


 僕は近くの自販機へ向かってみる事にした。

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