17【イルミネーションと勘違い】



 クラスメイトの暁月海月あかつきくらげと別れた僕は、リリィを捜す為にベンチ前の噴水を通り越して建物の裏側へ。

 少し歩くと、自販機の並ぶエリアがある。

 ……で、ここがその自販機エリアだ。


 そこには、ピンと背伸びをして一番上のボタンを押そうと奮闘する少女がいた。


 ……何を隠そう、ショコラティエ嬢である。


「……これか?」


 僕はリリィのお目当てであろう、オレンジジュースを指差した。リリィは、僕に気付き見上げては、うんうん、と頷いた。同時に尻尾もクイッと頷いたように曲がる。

 本当、表現豊かな尻尾だな。


 しかし確かにこの自販機、やけに高い位置にボタンがありリリィの身長では一番上が届かない鬼畜仕様になっている。

 完全に設置した側のミスだぞ、これは。


 僕はボタンを押した。

 すると、ゴトン……と取り出し口から音。

 リリィは取り出し口に手を入れてオレンジジュースを小さな手に握ると、


「……来るのが遅い……!」と、悪態をつく。


「まさかボタンが押せないで苦戦しているとは思わないだろ。それに、手が届かないなら尻尾でも伸ばせば良かったんじゃない? 人もいないし」

「お、すずきにしてはナイスアイデアじゃない。それ、次から採用ね!」


 リリィは尻尾を振りながら僕を見上げる。


「あ、すずきっ!? そろそろイルミネーションの時間だわ! は、はやく行くわよ! 何グズグズしてるのよ馬鹿っ!」


 グズグズしていたのはリリィだろ。

 内心頭を抱える僕に催促する白ワンピの悪魔は、正直に可愛いと言える。


 そうか、僕は——


「こぉらぁ! 何ボーッとしてるの!」

「うわ、冷てっ!? 何するんだよ!」

「もういらないもん。……あげるわ! 感謝しなさいよね?」


 飲みかけの冷たい缶を僕の頬に押し付けたリリィは、それを無理矢理僕に持たせると悪戯に笑った。まだ半分以上も残っている。


 確かに喉は乾いている。要らないのなら有り難く貰っておくとしようか。

 いや待てよ?


 これは所謂、間接キスになるのでは?


 この飲み口に、さっきまでリリィの口がついていた訳だ。さて、どうしたものか。


「はやく飲みなさいよ?」と、口元を緩めるリリィ。どうやら僕の反応を見て楽しんでいる様子だ。

 僕は敢えて平然を装うと、残りのオレンジジュースを一気に飲み干してやった。


 リリィは「はっ!」と大きな瞳を一瞬見開き、ほんのりと頬を染める。

 僕は何食わぬ顔で空き缶をゴミ箱に捨て、少しばかり不服そうな表情を浮かべるリリィに言った。


「行くぞリリィ? あっちの広場ならイルミネーションが良く見えるみたいだ」


 目の前の園内マップで場所を確認して、僕とリリィは中央広場のある方へ歩を進めた。



 ——

 闇を照らすイルミネーション、その色とりどりの光に包まれカップル達が愛を確かめ合っている。

 リリィは湖の前に立って、水面に映る綺麗な光に目を輝かせている。確かに綺麗だ、ここら一帯がそれこそ別世界のようにすら感じられるのだから。


 僕は少し後ろで、イルミネーションに夢中な彼女の背中を見つめていた。こんな所にいると、本当にリリィとデートをしているような、そんな錯覚に襲われる。——暁月が変な事言うから、余計に意識してしまう。


「すずきもこっち来て見なさいよ?」

「ん? あぁ」


 隣に立つとリリィの小ささが更に際立って見える。これで高二か。ゼムロスさんが言ってたな。


 リリィは僕と同い年で魔界の学校では高二の間に従者を一人作るっていうノルマもある。

 従者を作るどころか、逆に自分が従者になってしまったリリィは何というか、本当、ドジだ。


、明日にはまたいつもの日常に戻るのね」

「そうだな。学校が始まるとまた勉強、そして試験も控えている。現実世界に帰るのが億劫になる」


 周りを見ていると、何だか僕達も変な気分になる。カップルでも何でもない、そんな同居人のリリィを僕は少しばかり意識してしまっている。

 場の雰囲気とはいえ。


「なぁリリィ? 僕達ってさ……」


 僕のその先の言葉はリリィによって遮られる。まるでその先は言わせないといった、そんな勢いでリリィは言った。


「主人と従者よ。それ以上でも以下でもないわ。……すずきは私に生命力を提供する、その代わり、私はすずきに仕える、ただそれだけよ。

 本当は私が主人になる筈だったんだけどね」


 そう言ってリリィは頬を膨らませ口を尖らせる。

 もし、僕が従者側だったら、と思うと、背筋が凍りついた。

 それこそ犬のように扱われていたに違いない。


 ……主人と従者、そうだ、僕達の関係はそれだけだ。リリィに対して、特別な感情は抱くものじゃない。そんな事は分かっている。


「すずき、私はアンタに忠誠を誓ったわ。それが事故だとしても、アンタは私の主人よ。それは認めてあげる」


「主人って言われても、実感はないけどな」


「すずき? アンタの中に芽生えつつあるは、……勘違いよ」


「感情?」


「そうよ、アンタは私に恋しているって、そんな錯覚に囚われているだけよ? それは仕方のない事よ、毎晩あんな事をしていれば、誰だって勘違いするもの。気にしなくていいんだからね?」


 リリィは僕に伝えようとしている。


 確かに僕は、リリィを少しばかり意識していた。もしかしたら、その先へ行けるかも知れないとか、そんな事を考えてしまっていた、——のかも知れない。


 彼女は言う。

 そんな僕の気持ちは、所謂勘違い、錯覚だと。


 こりゃやられたな。

 つまり僕は告白もしていないのに、カップルの聖地で盛大にフラれた訳だ。


「そうだな、悪い、このイルミネーションの所為でちょっと変な気分になってたかも」

「ふふっ、分かればいいのよ? それがすずきの為、そしてすずきにはすずきの、アンタの人生がある。私は……それを邪魔する気はないわ!」


 リリィは両手を腰に当て、ピンと小さな胸を張り、この上ないドヤ顔で尻尾を左右に振る。


「……ったく、盛大にフラれた感じだわ」


 とはいえ、気持ちは何だかスッキリした。モヤモヤしていたものを、リリィが取っ払ってくれたから。


「仕方ないから、今夜は慰めてあげようかな?」と、リリィは流し目で僕を見て頬を染めた。


「……え? 慰め……」と、僕が思わず口ごもると、


「手のひらでね! ぷぷっ、何、今の顔! 笑える! きゃはははっ! すずきはずっと童貞のままよ!」


 リリィは腹を抱えて大笑いした。一瞬、何らかの間違いを想像してしまった自分が嫌になる。


「リリィだって処女じゃねぇかよ! サキュバスの癖にっ!」

「わ、私はいいの! 馬鹿!」




 ……その夜のルーティーンは、


 ほんの少しだけ、リリィの優しさを感じられた。


 ……そんな気がした夜だった。

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