18【ミニマムデビル】
ゴールデンウィークも終わり学業という地獄ループの日常が再び始まろうとしている。
リリィは部屋の姿見に自分の姿を映し、制服の着崩れがないか確認している。相変わらずお嬢様風の制服が良く似合う。
こんな小さな町の高校でそこまで制服に力を入れているのも珍しい。
ネクタイを締め部屋のドアに手をかけた時、リリィが僕に慌てた表情で言った。
「あ、ちょっ、すずき? もう行くの?」
尻尾がピンと伸びる。
「だって、朝、食べたいし」
「ちょっと待ちなさいよっ! 髪の手入れがまだ終わってないんだから!」
「別にそんなの適当でいいだろ? いいから早く降りて来いよ?」
教室内にチャイムが鳴り響く。
授業も滞りなく終わりホームルームの時間までは少し時間がある。教室で太田とくっちゃべっていると、小野が教室に飛び込んで来て声を荒げた。
とはいえ、小野は相変わらず普通だなぁ。
モブ代表の僕が言うのもなんだけど。
「た、大変! 田中君がっ、田中君が、こ、こここ、ここ、告白するって!」
普通な小野さんの放った言葉は、普通じゃなかった。今にもニワトリが鳴きそうな、そんな強烈なフレーズにより太田の立派な腹がブルルンと揺れたのはこの際無視だ!
「田中が!? いったい誰にっ!?」
僕は思わず小野に言い寄ってしまった。何故なら、田中は、——
あのチャラ男チキンハートが、いったい誰に告白するんだ?
「……リ、リリ、リリィちゃんにだよぉっ!」
小野礼奈の言葉にピクリと委員長が反応したように見えたけど、それはさておき、
……田中め、遂にリリィが合法ロリだと気付いてしまったか。
「田中はロリコンだからな〜、リリィちゃん、完全にロリだからな〜目の前にいると見えないからな〜、美味しそうだからな〜」と、太田は腹をさすりながら何故か和かに言った。
すると教室がざわつき始める。「またか?」「連休明け早々から?」「無謀だろ」「しかも田中かよ」と、声が飛び交う。
そう、これはもはや珍しい事件ではない。
リリィは転校して来て、既に三人の先輩方に告白されていて、その全てを『玉砕』をもって断っているのだ。
正直言ってリリィは可愛い。
先輩達が躍起になるのも頷けるし、相手はいずれもイケメン、所謂モテる人達だ。
中にはサッカー部のキャプテンまでいた。しかしその末路は悲惨なものだった。まさか先輩も、自分の股間にゴールを決められるとは夢にも思ってなかっただろう。
そのモテる男達のナニをことごとく玉砕するリリィの伝説は瞬く間に広がり異名までついた。
どんな男にも媚びない、そんな小さな高嶺の花についた異名は、
——ミニマムデビル
言葉通り、小さな悪魔。
こりゃ中々に的を射ている。しかし、今回は他人事ではないか。このままだと田中の大事なモノが……玉砕されてしまう。
「お願い鈴木君! 田中君を止めて! このままじゃ田中君の、お、おち、お、おちん、おちおち、」
小野は顔を真っ赤にして言葉に詰まる。
「別に無理して言わなくてもいいよ。小野、案内してくれ! 親友として、アイツをみすみす見殺しには出来ない」
「あ、ああ、ありがとうっ! 鈴木君!」
「まぁ、いいけど……なんで小野が喜ぶんだ?」
小野は再び言葉に詰まる。すると太田がお腹を揺らしながらデブ声で鳴いた。
「そりゃ小野さんは田中君のことが好……ブッファァォォンッ!?」
「お、太田ぁっ!?」
——せ、正拳突きだと!?
あの巨漢を正拳突き一発で床に沈めた! そうか小野は空手部だった。
それにしてもいきなり正拳突きとか、不意打ちにも程があるだろうに。太田のやつ、何を言おうとしてたんだろうか。あぁ、可哀想な太田……
——物言わぬ屍と化した肉の塊に、真意を聞くことは叶いそうにないな。
太田も気になるけど、今は田中を救うのが先決だ。僕は小野の案内で校舎裏の体育倉庫前へ走った。途中、モブ先生が「廊下は走らないで」と言っていたような気もするけど、今は無視、親友の命には変えられないからな。
保健室の前を走っていると、暁月とすれ違ったような気もするけど、それもこの際無視で僕と小野は下駄箱で靴に履き替えて全速力で走った!
そして遂に、……遂に到着したのだけれど……
「た、大変っ! 早く止めないと!」
既にショーは始まってしまったようだ。
人集りを掻き分け最前列に顔を出した僕と小野の視界には向き合って立つ田中強彦と、ミニマムデビルこと、リリィの姿が映る。
もはや、リリィへの告白ショーは学園の定期イベントと化している。
本当、よくモテる奴だな。僕とは住む世界が違うって事かな。ただ、皆が思っているほどリリィは理想のお嬢様じゃないんだけど。
最初に言葉を放ったのは……
「何、田中?」……リリィだ。しかも高圧的。
しかし、この誰にも媚びない高圧的な振る舞いが何故か女子に人気で崇拝の対象となっている。
その反面一部の女子には嫌われてもいるけれど。
「リリィちゃんっ! お、俺、君が初めて教室に入って来た時からっ、ずっと気になってた!」
田中の言葉に少しばかり頬を赤らめたリリィは、すぐに気を取り直し言葉を返す。
「キ、キモい」
言葉とは裏腹な表情を見せるリリィ。もしかして、これ、脈ありか?
「そ、そんなツンデレなっ、と、ところも含めてリリィちゃんが好きなんだ!」
「わ、私がいつアンタにデレたのよ? ば、馬鹿じゃないの?」
「もう一度言う! 俺はリリィちゃんっ! 君が好きだ! 幸せにするって約束する! だから、俺と付き合ってくださいっ!」
田中のやつ、本気だな。もはやお前はチキンハートなんかじゃないぜ。
さぁ、リリィはどうするのか?
「……幸せに……そう……」
リリィは俯き口元を緩め、スカートから伸びる真っ黒な尻尾を左右にゆっくり振る。
オーディエンスは各々、リリィの次の行動を予測した。恐らくそれは全会一致だ。
数秒の沈黙が流れた後、
——玉砕っ!
……校庭に田中の悲鳴が響き渡った。
……
こうして伝説に新たなエピソードを刻んだミニマムデビルだった。
僕は天に召されし田中を保健室へ連れて行く事にした。友として、今僕の出来る事はこれくらいしかないだろう。
保健室には小野も付いて来てくれた。小野は心配そうに意識朦朧の田中を見つめている。
僕達が保健室前に到着した時、騒ぎを聞きつけた暁月もちょうど保健室に着いたところだった。
暁月海月はうちのクラスの保健委員、つまり出番という事だ。それに、田中とは同じバスケ部で仲も良いしな。とはいえ男バスと女バスは別だけど。
「海月ちゃんっ! 田中君が死んじゃったよぉ〜!」
「ダイジョブダイジョブ、グッジョブよ〜! 礼奈っち、まだ死んではいないと思うのだよ」
田中が死んだと勘違いする小野の頭を優しく撫でた暁月は、少し考えて、
「そうだ、あたし先生に用事を頼まれててさ、礼奈っち、田中君をお願いしていいかね?」
「えっ! わ、私が看取るの!? 田中君を!?」
いやだから、田中は生きている。
——
教室に戻ると
僕と暁月は言われた通り席に座った。暁月の後ろの席が空いている。あそこはリリィの席だ。リリィのやつ、帰って来てないのか?
間も無くホームルームは終わり、僕が帰り支度をしていると後ろの席から僕を呼ぶ声がした。
委員長、間宮遥香である。
「ねぇ漢路君、ちょっとお願いがあるんだけどいいかな?」
「あ、間宮さん。な、何か?」
「先生に頼み事されてて、ほら、この資料を資料室に持っていかないと駄目なんだ……」
間宮さんは上目遣いで僕を見つめてくる。確かに、女の子一人では運べそうにない量だ。
というか、間宮さんのたわわな果実が邪魔をして抱えるのは不可能に近い。
リリィならまだしも、間宮さんには無理だ。リリィならまだしも。
「この資料を運ぶのを手伝えばいいんだな? それくらいなら任せてくれ、間宮さん」
「ありがとう漢路君っ! やっぱり漢路君は頼りになるよ。それじゃ、はい、半分お願いね?」
僕は半分と言わずに殆どの資料を抱きかかえ、間宮さんの案内で資料室へ向かった。
間宮さんは片手で運べるくらいの資料を持ちながら笑顔を浮かべている。こうして見ると、間宮さんは本当に可愛いよな。
スタイルも抜群、いや、抜群過ぎるくらいで、清楚で上品な雰囲気も相まって。
眼鏡さえ取らなければ。
間宮さんに背を向け資料室の棚に資料をしまう。高い位置だけあり男の僕でも背伸びをしないと届かない。
「こ、の辺りでいいの、かな? よっ、と」
「あ、そこ……もう少し左かな」
間宮さんの声が下から聞こえる。何か金属音のような音が聞こえた気もするけれど、どこかぶつけたかな?
よし、これで完了だな。
「ありがとう漢路君、助かったよ」
「こ、これくらいなんて事ない……よ……?」
間宮さんは資料室の鍵を内側から閉める。
確認の為、もう一度、
間宮遥香は資料室の鍵を内側から閉めた。
「か〜んじ、くんっ! 手伝ってくれたお礼するよ。この前の続き、しよ?」
油断した!? 間宮さんの眼鏡が消えている!
今、僕の目の前にいるのは危険度Aの狂気の淫乱委員長、間宮遥香だ!
「あ、えっと……間宮さん? 僕はそろそろ帰らないといけないというか、あ、ほら、リリィのやつが待ってるかも知れないし……ははっ……」
「リリィ……? あー、あのツルペタロリのこと? それなら心配いらないわ?」
「それって……どういう……」
間宮さんは自らのブレザーを脱ぎ、赤いネクタイを緩めながら、不敵な笑みを浮かべ一歩、また一歩と僕に迫る。
……何とかしてこの部屋から脱出しないと。
出入り口は間宮さんが塞いでいる。背後には窓が一つ。ここは二階、窓からの脱出は危険過ぎる。
「あっはははは! あのツルペタロリなら今頃可愛いがられている頃よ? だから〜、わたしと漢路君も〜気兼ねなく楽しもうよ〜?」
今頃、可愛いがられている? どういう事だ?
いったい何を言ってるんだ、この人は?
ホームルームにも出席していなかった……リリィは何処にいるんだ。とりあえず、間宮包囲網を突破しないと何も始まりそうにない。
僕は意を決して正面突破を試みた。しかし、
「ぬあっ!?」
——あ、足首に手錠?
「あっははは! 逃がさないよ〜? 漢路君が資料を棚に置いてくれている隙に、カチャッとしちゃった! てへっ?」
あの金属音はその時の!
テヘペロしてんじゃねぇぞ!?
これは、——これはマジでピンチみたいだ。
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