14【小さな悪魔と絶叫マシン】
バスを降り周囲を見回してみると、メルヘンチックなデザインのカラフルなお城が所狭しと並び建つ、それこそ一言で、異世界だった。
これには流石のリリィも目を輝かせている。手に持ったパンフレットを見ながら、目の前の光景と照らし合わせるようにして子供みたいに。
「すずき! 見て見てっ! アレが私達の泊まるホテルだよ、ほら!」
「うわっ、マジか! 一番デカいホテルじゃないか! こんな所に二泊とか……奮発し過ぎじゃないか?」
「ほらすずき! ボーっとしてると置いてくよ!」
リリィは数メートル先まで走り、くるりんと振り返り笑顔で言った。
フワッとなびく春色のチュニックワンピの悪魔が、悔しいけど少しだけ可愛く見えた。
「あまり走ったら、また転ぶぞ? って、」
——あれ? 視界から消えた……
「いるわよ、ここに……痛ぅ……」
あー……転んだ訳ね。言わんこっちゃない。
その後、僕とリリィは部屋にチェックインした訳だけど、その部屋が極めてカラフルで、壁にはお馴染みのキャラクター達が描かれていた。
……というか、問題はそうではなく、部屋が一つ、その上ベッドも一つということだ。
「残念だね、すずきは床だわ」と、リリィ。
何故カピバランドまで来て床で……そうだ、せめてそこのソファで寝よう。
あの親達は天然通り越してもはや馬鹿だろ。年頃の男女を、普通同じ部屋にするか? いや、あの母さんなら……あり得る。
「わぁーい! ベッドふかふかだぁっ! お家のベッドを思い出すわー!」
どんな家に住んでたんだよ、この悪魔は。まぁ、貴族って言うくらいだからな。
「こら、あんまり跳ねるなよ? もう二時だし、カピバランド見に行くなら早い方がいいぞ? 多分アトラクションも待ち時間凄いだろうし」
リリィはピョンと跳ねてベッドから降りると、「じゃあ急がないと!」と、僕の手を引いた。
……本当、子供みたいだ。女の子って、皆んなこういう所が好きなのかな。普段はあんなにツンツンしてるのに、これじゃ悪魔なのか天使……なのか……僕は馬鹿か? 何、変な事を考えてるんだ。
「ほら、すずき行くよ? カピバラが待ってるんだから!」
「ん? お、おう」
な、何でこんなにリリィが輝いて見えるんだ?
別にカピバラとかどうでも良くてだな……
——
リリィに引っ張られるようにしてカピバランドへ入場した僕は、その人の多さに圧倒された。流石は世界でも人気のテーマパーク、そんじょそこらの遊園地の比じゃない。
「ほーら、すずき! グズグズするなぁっ! はやくしなさいよっ!」
……うわ、もう並んでる。
リリィは早速、絶叫マシンの列に並んでいた。割といけるタイプなのかな? よし、それならとことん付き合ってやるか!
「一時間待ちか、リリィ、待てそうか?」
「アンタ私を何だと思ってんのよ! 当たり前でしょ?」と、口を尖らせるリリィ。
超ワガママなお嬢様と認識しておりますが何か?
待てると言うなら、待つとするか。
「それにしてもリリィは絶叫マシンって大丈夫なんだな? 意外だわ」
「あったり前じゃない! ほら見て、皆んな楽しそうにしてるし!」
「お、おう。そうか」
——一時間経過、
遂に順番が回って来たのだけど、
「ざ、残念だったな、あとちょっと足りなくて」
「二センチくらいおまけしなさいよ……」
残念な事に、僕達の並んだ絶叫マシンの身長制限は、割と高めの設定だった。
百四十五センチ以上しか乗れなかったのだ。
そしてリリィは残念ながら、二センチ足りてなかった。一時間待って身長制限でアウトとか流石の僕もリリィに同情するわ。
「ほら、拗ねてないで、もう少し制限の低いやつ乗ろうぜ? アレは特別高めに設定されてただけだし、他にもヤバい乗り物あるはずだし、な?」
「うぅ……すずきに慰められるなんて……二センチくらい、二センチくらい……ち、小さくて悪かったわねーっ! むむぅ……い、行くわよ! すずき、失った時間を取り戻すの!」
もう周りの人達が一部始終見てクスクス笑ってるんだけど、リリィは必死過ぎてそんな事気にしてないみたいだな。
「よっしゃ行くぜ! ならアレに乗るぞ!」
「お、おぉー!」
そして更に一時間待ちでストレスマックスなリリィを落ち着かせながら、僕は遂に一つ目のアトラクションに乗る事が出来た。
身長制限は百三十センチ以上、これならリリィも胸を張って乗れる。僕とリリィは荷物を預けると、一番前の席に案内された。先に僕が乗り、リリィの手を引いてあげると、そこは大人しく身を委ねてくれた。……どうやら、緊張はしているみたいだ。
「いよいよだな」
「う、うう、うんっ! 待ち侘びたわよっ!」
ブザーが鳴り、ゆっくりと坂を登っていく。この時の緊張感、胸の辺りがザワザワする。
リリィは少しキョロキョロしているけど、今のところ余裕そうだな。多分、魔界にはもっと凄い絶叫マシンがあるに違いない。
「そろそろ落ちるぞ、ワクワクするなリリィ?」
「え? 落ちる?」
「おう、ジェットコースターなんだから、落ちるに決まってるだろ」
「え、……と」
てっぺんに到着したジェットコースターは角度を変え、眼前にはカピバランドを見渡せるパノラマが広がった。
「……お、おお、降りる、すずき、降りるぅ!」
えー……
——
はい、泣いちゃいました、と。
「……うぅ……っ……すずきのばか……」
「えっと、乗ったことなかった感じ?」
「ないわよ……でも、皆んな楽しそうに乗ってるし、大丈夫なんだって……」
「……ノリで乗ったわけね」
僕は周囲から痛い視線を浴びせられる羽目に。多分、僕が嫌がるリリィを無理矢理乗せたんだ、といった、そんな軽蔑の視線を。
「ほら、泣くなって。気分転換にフランクフルトでも食べて……ソフトクリームでもいいぞ?」
「馬鹿ばかっ! なんで危険な乗り物って教えてくれなかったのよっ! 身体がブワァーッてなって、ゴガガ! ってして、おお、おっ○いもブーンてっ……」
いや待て、おっ○いは嘘だろ。
暴れ出したリリィは僕をポコポコとグーで殴りながら頬を赤らめる。その時、リリィの背後から接近する影が。リリィは気付かず僕を殴りまくっているのだけど。
リリィの背後で、うんうん、と頷くようなジェスチャーをしたと思ったら、僕を見て右手の拳を前に出し親指を立てた。
——僕は合わせるように右手を上げ親指をグッと上げた。何となく、心が通じ合った。
——ぽむっと、そんな効果音が鳴りそうな肉厚な両手で暴れるリリィの両脇を掴み、ほいっと持ち上げたのは、
「きゃっ!? な、な、ななっ!」
カピバランドのマスコット、
——カッピーさんだった。
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