13【悪魔とお出かけ】


 四月二十八日、日曜日の早朝、僕は旅の支度に追われていた。


 ……リリィのシャツ、リリィのスカート、リリィのワンピース、リリィの下着、……それらを鞄に詰めてる訳だけど、いつの間にこんなに買い与えたんだ、母さんは。昨日あれから二人で出かけてたし、その時に色々買ってあげたんだろうな。


 リリィを甘やかし過ぎだ。

 僕のシャツなんか五枚セットの特価品しか買わないくせに、リリィのは結構なブランド物だし。


「おいリリィ、お前も手伝えっての」

「お前とか言うな! ふん、準備なんてアンタがやればいいのよ下僕なんだから! 私は私で忙しいの!」


 ずっと鏡とにらめっこしてるだけだろうが。いくら見ても顔は変わらないってのに。それに気にせずとも顔は可愛いから安心しろ、顔は。言わないけど。


 尻尾をフリフリしながら髪飾りなんかつけて、何をそんなに浮かれているのか。


「あっ、すずき! ちゃんと畳んで入れなさいよ! ブラが傷むでしょ? この馬鹿、ミジンコ! ゾウリムシ! ハゲ!」


 いつの間にゾウリムシなんて覚えたんだよ! それに僕はまだハゲてない!


「痛いな、蹴るなって。つうかブラとか必要ないだろリリィには!」

「だ、黙りなさいよ! 誰が下敷きよ! ア、アンタは私の言う事だけ聞いてればいいの! 貴族と下僕なんだから当たり前でしょ? ふん!」


 下敷きとか言ってないだろ。

 そう言ってゾウリム……違った、僕を足蹴にするリリィは何とも楽しげだけど、少しイラついた僕はオーダーを発動させる事にした。

「オーダー! ……準備を手伝え」

「ぐぬぬっ……ひ、卑怯よすずきのくせに!」

「……嫌なら最初から協力してくれよ……」


 尻尾をピンと立てて膨れっ面のリリィは、渋々荷物をまとめ始めた。オーダーの威力は凄い。


「ちょっと! 人の下着見てニヤニヤしないで、触らないで、この変態っ! アンタは自分の荷物まとめてなさいよ馬鹿!」

「お前めちゃくちゃだな……」

「お前って言うな〜! 今夜のオカズなし!」

「なぬ!」

「一人でハァハァしなさいよ馬鹿!」


 日を追うごとに本来のお嬢様気質が表に出てきたリリィは、ワガママで横暴で、おまけに暴力的だ。

 何が貴族だよ……人の頭を蹴るような貴族はろくなもんじゃないぞ。


 ——

 こうして、何とか支度を済ませた僕達は母さんから旅の資金を貰い、鈴木家を後にした。

 僕は大きな鞄を肩から下げ、左側に歩くリリィを見やるが、鞄に隠れてリリィが見えない。


 僕が振り返ってみると、そこには手ぶらのリリィが涼しい顔で付いてきていた。

 小さくて見えなかったとか、どれだけコンパクトサイズなんだよ。

 というか問題はそんな事ではなく、


「リリィ、荷物はどうしたんだよ?」

「ん? ここよ」


 リリィは尻尾で自分の影を指す。そして得意げに小さな胸を張る。


「影の中にあるわ」

「え、そんな事出来るのか? それなら僕の荷物も入れてくれよ」

「……ふん!」


 リリィは横を向いてしまった。そして思い付いたように尻尾をピンと立て、左右にフリフリしながら口元を緩めた……何だよ。


「仕方ないわね、特別に許可してあげるわ」

「マジかリリィ! いや〜助かるよ!」

「ま、アンタには世話になってるし〜? たまにはデレてあげようと思って。寄越しなさい?」


 リリィは尻尾で器用に荷物を絡めとり僕から奪うと、それを自らの小さな影に放り込む。

 ——荷物が吸い込まれるように消えた。

 これは便利だ。


「……すずき?」

「何?」


「荷物を取り出したい時は、『お願いしますリリィ様、僕に餌を与えて下さい、ワン!』って言いなさい? じゃないと出してあげないもんね」


 そう言ってリリィは舌を出した。一瞬でもこの悪魔に感謝したのが悔しくて仕方ない。


 ——こうして荷物を拉致された僕は、リリィを連れて電車を乗り継ぎ、新幹線に乗り込んだ。ここからは少しばかり長旅になる。さっき買った駅弁でも食べて、ゆっくり景色でも眺めよう。



 ——

 僕達二人は新幹線を降り、リゾートカピバラインに乗り換え、カピバラシーリゾート駅に到着した。電車を降りた瞬間から、もはや別の世界みたいだ。確かここからバスに乗って、まずホテルにチェックインだな。


「おーい、リリィ? バスに乗るぞ……って、あれ?」


 リリィが見当たらない。まさか、逸れた? 何やってんだリリィのやつは。

 僕は周囲を見渡してみたけど、リリィは小さくて人混みで捜すのは大変だ。


「おーい! リリィ! いたら返事しろよー!」

「……いや、ずっといるから、ここに……」

「……え?」


 リリィは目の前にいた。ぴったりくっつくから、近過ぎて見えなかったみたいだ。

 ——その瞬間、僕は無数の星を見た。


 リリィの頭が僕の顎を玉砕した。その突然の拳やら頭やら膝小僧は、本当に勘弁してほしい。

 とはいえ、同じ歳の女の子とカピバランドに来ることになるなんて思ってもなかったな。


 ——ちょっとだけ、意識してしまうな。


「へ、変な顔で見ないの、ちゃんと貴族のレディをエスコートしなさいよ、平民下僕の馬鹿すずき」


 僕の服を掴んだリリィは、横を向きながら小さく呟いた。変なところで貴族っぽさ出してくる。

 そういえば、ゲーセンの時もそうだ。こんな性格してるけど、デートはリードしてほしいタイプ?

 なんだ、可愛いとこあるじゃないか。


「な、なななっ、何、笑ってんのよっ!」

「いや、別に。……それでは行きましょうか、お嬢様?」

「……キモい」


 ……前言撤回、本当、可愛くないやつ。

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