12【僕と彼女のルーティンワーク】
「おいリリィ、そんなに急ぐなって! 転ぶぞ?」
「う、うるさいわねっ! こんな何もないところで転ぶ訳ないで、しょぅぁっ!?」
リリィが躓いた。
……それも、何もない平坦な道で見事に足を絡ませて宙に浮いた。
リリィの小さな身体はピンと伸び、そのまま地面に向かって落下をはじめた訳だけど、予め予測していた僕はギリギリでその身体をキャッチした。
リリィは地面スレスレで何とか顔面強打を免れたのであった。……その後、僕の顔面は強打された。
リリィの小さな拳が、僕の顔面を玉砕した。がっつりとめり込んでいる、多分。
「痛ってぇな!? な、何するんだよっ!? せっかく助けてやったのに……」
「だ、誰もそんな事っ、頼んでないわよ! アンタが勝手にキャッチして、わ、わ、私のおお、おっ○いを揉んだから悪いんじゃない!」
「はぁ? 何が私のおっ○いだ! んなもんないだろーがっ! 感謝されてもキレられる覚えはない!」
膨れて足早に歩いていくリリィの手には、腕の取れた低級悪魔。腕、取れちまったんだし、捨てればいいのに。何故、わざわざ拾ったんだ?
「すずき、とっとと帰って今日の分を出しなさいよね? アンタは私の為に、毎日毎晩、精○を提供する運命なんだからっ!
そうね。お、お皿は、はしたないから……その、せめてカップに、出しなさい?
……こ、これは命令よ?」
カップに出しなさい? じゃないっての!
——
リリィに出会ってから僕の日常は変わってしまった。当たり前のように家に住み着く悪魔とその使い魔、それを普通に受け入れている母さんや父さん、おまけに学校にまでその魔の手は伸びる。
毎日一緒に登校する僕とリリィの事は瞬く間に噂となり、ある事ない事が囁かれはじめる。
リリィは僕の家にホームステイに来た、という事になっているらしい。ゼムロスさん曰く。
まさか、同じ部屋で過ごしているなんて、ましてや毎晩……あんな事をしているなんて、誰が想像するだろうか。
リリィに抜かれ続け一週間、二度目の週末が近付く。四月二十六日、金曜日、
——夜、十一時半過ぎ、そこには、
「ほら、はやくイキなさいよ!」
いきり勃ったバナナを激しくシゴかれる男子高校生がいた。それは鈴木漢路、……僕ですよ。
『はっはぁ〜! リリィ、上手くなってきたな! 鈴木も限界だぜ!』
「ぐぬぬっ……く、屈辱だぁっ!」
しかし僕のそんな言葉に、説得力なんて微塵もないのだ。バナナはいつ暴発してもおかしくない、そんな状態なのだから。
それに魅了の効果の所為で感度が上がって、抵抗する気にもなれない。
「すずき、アンタ何気持ち良くなってんのよ? これは作業なんだからサクッと出しちゃいなさいよ、このこの!」
「……っ!?」
「ほらはやく出しなさいよっ! ちゃんとカップに出すんだからね? 昨日みたいに飛ばし過ぎて外したら承知しないから!」
——僕は果てた。果てましたよ悪いか!
こんな毎日が、かれこれ一週間続いている。毎晩、僕のエナジーをリリィに提供するという、普通では考えられない、そんな毎日が。
もはやこの行為は、僕達のルーティーンワークと化していた。
——ルーティーン、所謂決まった手順、日課、
——ワーク、作業、業務、
特別な感情はない。ただ、お互いが生きる為、しているだけの、単なる作業。
気持ち良いのは確かだけど、気分はあまり良くないかな。僕のソレをカップで摂取する少女を毎晩見ていると、同じような気持ちになると思う。最近は牛乳に混ぜて飲むのがブームみたい。多分、その方が色々といいんだろう。知らんけど。
僕達は、これをルーティーンワークと開き直って、普段はなるべくその事を口にしない約束をした。それがお互いの為だと、話し合って。
一週間の学園生活を終えたリリィは、それなりに友人も出来、順風満帆な毎日を送っていた。魔界からの転校生が普通に受け入れられている事に動揺は隠せないけれど、そろそろ慣れてきた。
あの日、一週間前、ゲームセンターの帰り道でやり合った間宮さんは、ここのところ大人しく、授業中に僕をからかうくらいで危険度は低めだった。眼鏡も割れていない。
それに、あの女……白髪の……マリアとかいうボクっ娘も、あれから姿を見せていない。
「……すずき、味が薄い」
「仕方ないじゃないか……毎日出してたら、そりゃ薄くもなるだろ?」
僕はズボンを履き悪態をついてやる。
「それに……苦いわ。一昨日は甘かったのに……どうして毎日味が変わるのよ? 毎日甘いのを出す努力くらいしなさいよね? この馬鹿」
と、空のカップをテーブルの上に置いたリリィは小さな口から漏れた、僕のソレを舌で舐めとる。
僕は咄嗟に横を向いた。
「私だって、やりたくてやってるんじゃないんだから。仕方ないから、シテるだけ。あ、あんまり変な勘違い、しないでよね?」
「んな事、僕も同じだ……」
「……そう……でも……」
リリィは僕のベッドに潜り込み掛け布団に包まって小さくなる。
「……でも……ありがと、おやすみ」と、言ったリリィが、どんな顔をしていたのかなんて、僕には分からない。
彼女は僕の精○を摂取する。その行為に後ろめたさは見えない。
それがサキュバスという生き物の性質。
『鈴木、あれはリリィなりの感謝の言葉だぜ。だってよ、お前はオーダーを使えばリリィを好きに出来る。それこそ童貞だって卒業出来ちまう。なのにそれを行使しない。お前はオレ様の思った通りの男だ。リリィにぴったりだぜ。ま、出来れば直ぐにでも男を教えてやって欲しいんだがな』
ゼムロスさんは僕の頭上を飛び回る。
「……僕達にとってこの行為は日課、つまりルーティーンだから仕方ないよ。ゼムロスさん、リリィは何故そこまで処女を守ろうとするの?」
『なんだ、やりたいのか? まぁリリィにも色々あるんだぜ。いつかお前に……それを捧げられたら、どれだけ楽になれることやら』
「……色々、ですか。強がっているけれど、辛そうな顔するからやり辛いんですよね」
『お前は優しいな、兄弟』
——朝が来た。
高校二年目の大型連休、ゴールデンウィークが今年もやって来た訳だけれど、大してやる事はない。
父さんはこんな時も仕事で朝に起きると既にその姿はなかった。よく働く人だ。
時たま思う事がある。母さんは寂しくないのかなとか、子供が心配するような事ではないのだろうけど。二人は仲が良いし、お互いの事を信頼している。それは二人を見ていれば分かるし、僕がとやかく言う事じゃないのだろう。
——間違っても、僕とリリィみたいな、歪な関係なんかじゃない。
僕がリビングでテレビを見ていると、横に座っていたリリィが唇をツンと尖らせる。
「せっかくの連休なのに……私、貴族なのに……ブツブツ……」
テレビで旅番組が流れているのを見て、何やら拗ねるリリィの尻尾は元気がない。もしかして、何処かに出かけたいのかな?
「クラスの友達は皆んな旅行に行くって言ってたのに……なんですずきの家は行かないのよ……」
完全に拗ねてますね。
「仕方ないだろ、父さんが仕事なんだから。それに鈴木家はそんなに裕福じゃないんだから、ワガママ言うなって。後で駄菓子屋連れてってやるから我慢してくれ」
「また駄菓子屋……」
するとキッチンにいた母さんが項垂れるリリィの前に二枚の紙切れを置いた。
「そんな事はないのだよ、漢路君にリリィちゃん? 鈴木家は漢太、じゃなくて父さんの人間離れした働きっぷりのおかげでそれなりに裕福なのだよ」
と、得意げに言う母さんをリリィが見上げる。尻尾はハテナマーク。
「母さん、コレは?」
僕の問いかけに答える母さんは、ちょっとウザいくらいのテンションで言った。
「ふっふっふ、何を隠そうコレは……カピバランドのペア宿泊券! しかも二泊三日よ! 父さんがね、毎年何処にも連れてってないのを気にして、アンタ達にって。……出発は明日、楽しんで来なさい?」
カピバランド!? あのカップルが行くような超有名なテーマパークにリリィと? しかも二泊?
「佳子!? こ、これって今テレビで流れているところ? ほら、カピバランド!」
リリィは目を輝かせ母さんを見上げる。
確かに、今テレビで流れているのはカピバランド特集だ。というか、明日出発って唐突だな。
リリィは母さんに飛び付いて喜んでいるし、行かないとも言えないか。
「佳子ありがとうっ!」
「お礼なら父さんに言ってあげて、今夜も遅いだろうけどね」
「お礼する! ……なんなら一発抜いてあげる!」
「そ、それは私の役目だからね〜? ははは……」
もう色々会話がおかしい!
何はともあれ、明日からリリィと二人旅か。妙な事になったな。騒ぐ二人を横目にキッチンの冷蔵庫を開けた僕の肩にゼムロスさんが着地した。
『はっはぁ〜鈴木、良かったじゃねぇか! もしかしたら二人の距離が縮まるかもよ?』
「べ、別に僕は……」
『まぁ、そう言うなって。オレ様は留守番しといてやるからよ、人目気にせず、やる事やって来いってんだ兄弟!』
僕はいつからコウモリと兄弟になったのか。
「使い魔なんだから、近くにいるものじゃないの? 何かあったらどうするんだよ? この前みたいに、同じサキュバスが現れたりするかも知れないだろ?」
『心配すんなって、リリィにはオレ様を強制的に呼び出せる力があるからな。いざとなったら呼ぶだろうぜ?』
カピバランド、……行くしかないか。僕とリリィじゃ色々と場違いとは思うけど。
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