11【バナナサイズ論争の果てに】

 


 ゲームセンター『デビルダム』から命からがら脱出してきた僕達を待ち受けていたのは、更なる地獄を呼ぶ狂気の淫乱委員長、間宮遥香だった。


 ……しかも眼鏡を外したバージョン、つまり危険な方の間宮さんだ!


「あはっ、誰かと思えば〜転校生さんじゃない〜! おっかしいな〜変だな〜?

 ……なんで漢路君と君が一緒にいるのかな〜? ねぇ、どうしてかな?」


 リリィはぶら下げた熊のぬいぐるみを、大事に抱くと間宮さんに言った。


「な、何よ……アンタ昨日の脂肪女じゃない? 何か用かしら?」

「おいこらクソチビ? ……喧嘩売ってんのか? あぁん?」と、口調まで変化してしまった間宮さん。


 そんな間宮さんはズイッと一歩前に出た。それと同時に大きなお胸がポヨンと跳ねる。

 するとリリィは僕の前に立ち、細い腰に手を当て小さな胸を張る。

 リリィのお胸は全く揺れないなんて、死んでも言えないけどね。


「こ、この私をクソチビ? アンタ? 死んでも文句は言えないわよ?」

「き、昨日は不意を突かれて油断したけど、何度も同じ手は効かないわよ! この凶器女っ!」

「ほんっとアンタって魅力が微塵も感じられないわね。そんなんで『私のすずき』をどうするつもりかしら?」

「な、『私の』……!?」


 間宮さんは表情を歪める。するとリリィは追い討ちをかけるように言葉を放った。


「そうよ、私の、よ。……ね? すずき?」と、振り返ったリリィは、僕の腕に細い腕を絡めてきた。

「あ……えっと……」

「昨日は気持ち良かった? 今晩も気持ち良くしてあげるから、いっぱい出してね?」


 リリィは僕の耳元で囁く。それも間宮さんに聞こえるように。ヤバくないですか、これ?


「ど、どういう事……?」と、間宮さんは目を丸くした。そしてその目で僕を真っ直ぐ見やり、頬を染めると瞳に涙まで浮かべた。


「どうもこうも、すずきは私と同じ部屋で一緒に寝て、これから毎晩、私の手のひらでイクのよ。

 だからアンタの出番はないの。

 すずきの事は諦めて、他の男のバナナで遊んでなさい? 好きなんでしょバナナ」


 二人は睨み合い火花を散らしている。これは一触即発の状況だよ!? どーするよ、僕!?


「う、嘘よそんなのっ!」

 間宮さんは声を荒げ、いちいち胸を弾ませる。


「ふん、嘘じゃないわ? なら、いいこと教えてあげるわ? すずきのバナナのサイズはフルの状態で××センチよ?」


 なんって事を暴露するんだよリリィ!


 しかしそんな僕の心の叫びをよそに、自慢げに口角を上げ尻尾をフリフリ。

 あまりフリフリするとスカートめくれて見えちゃうからしまいなさいっての!


 いやそんな事より、昨日一回握っただけでサイズ測定してたのか? しかも割と的を射ている! 知らんけど!


 すると間宮さんはやれやれといった表情で頭を掻き、この上ないドヤ顔を炸裂させる。


「そんな事、知ってるに決まってるじゃない。わたしも毎回ズボンの上から測ってるから」と言い放ち、僕を見て笑顔で言った。


「正確には××.×センチ、それくらい知ってるの! 昨日だって勃ってたもんね、漢路君のバナナ! ビンビンに! あはははっ!」


 小数点まで出してきたぞ!?

 た、確かに身体は正直だ。勃ちましたよ、はい勃ちました! 何が悪いんだよ!


 するとリリィが振り返って、僕をキッと睨み付けた。いや、仕方ないだろ!? 何故怒る!


 ……リリィは再び間宮さんに視線をやり、とっておきの情報を発信する。


「なら知ってる? すずきのバナナにホクロがいくつあるか、アンタ知ってるの?」

「ホクロ!? ……そ、そんなの……」


「三箇所よ! 左のゴールデンボールに一つ、バナナ本体の根元に一つ、そして、皮のシワを伸ばした所に一つ」


 何それ自分でも気にした事なかったぞ!

 それにそんな情報信じる奴はいないだろ!

 と、思った矢先、


「な、な、なんだとぉぉぉっゴルァッ!? わたしの知らない情報がぁっ! 漢路君のバナナについて一番詳しい筈のっ、わたしの知らない……か、皮の裏側の事なんてっ……ちっくしょ〜んっ!」


 どうやら間宮さんは信じたようだ。ちっくしょ〜ん! ってなんだよ間宮さん。

 頼むから落ち着いてくれ。


「そ、んな……っ……嘘よ……皮、かわ、皮の裏側なんて地球の裏側まで行っても知ることが出来ないじゃない……」


 そして力尽きたかのように間宮さんは地面にひれ伏した。リリィはその前に立ち敗者を見下すようにして口元を緩め尻尾を振る。その時、

 間宮さんの肩が小さく揺れ、ボソッと声がした。


「……そんなもの……」


 間宮さんはリリィの手から熊のぬいぐるみを奪い取り狂ったように叫びながら、その腕を引き千切ってしまった。

 そして綿が飛び出した本体を道端のゴミ箱に投げいれた。千切れた腕がリリィの足元に無惨に落ち、綿が風で飛ばされる。


 長い沈黙が流れる。その間、いつもの茶トラ猫が尻を振りながら僕達の前を横切っていく。


 リリィは落ちた腕を拾い上げ無言で俯いた。


「あはははっザマァ! お前みたいな女に漢路君はあげない! 渡さない! わたしの方がっ、漢路君のこと、好きに決まってるんだからぁっ!」


 なんてタイミングで告白するんだよ間宮さん! 人生初の女子からの告白がっ……なんてこった……全力で断りたい! 辞退させて頂きます!



「言いたいことはそれだけ……?」



「何? こんな気持ち悪いぬいぐるみが壊れちゃっただけで怒った? お子ちゃまボディちゃん?」



「遺言は言い終えたかしら? 淫乱委員長さん?」



 ——!

 リリィはソウルイーターを召喚して、赤黒い瘴気を纏う。そして間宮さんを地面に押し付けて首元に切っ先を突き付けた。

 それはまさに、一瞬の出来事だった。


 激しく倒れた間宮さんの胸がバインと跳ねたのはこの際無視だ! そんな事より間宮さんに跨り、大鎌を突き付けたリリィを止めないとマズい!

 僕はやむなく、あの力を行使した。


「オーダー! やめろリリィ!」


「……くっ……ゔぅぅっ……!」

 動きが止まり、ソウルイーターは消滅。リリィはゆっくりと立ち上がり不機嫌そうに横を向いてしまった。間宮さんは何が起きたかすら把握出来ないといった表情で、大きな瞳を瞬かせた。


 僕は間宮さんの手を取り、起こしてあげた。

 ……やはり間宮さんに触れると身体に拒否反応が起きる。僕はすぐに手を放し、


「間宮さん、今日はもう帰ってくれない? また、来週、学校で」

「わ、わかった……漢路君が言うなら。でも、諦めないよ、漢路君は……わたしの、モノ。

 わたしは、——漢路君の、モノ♪」


 そう言って間宮さんは乱れた髪と制服を整えて谷間から眼鏡を取り出し、それをかけた。


「漢路君、それじゃぁまた、月曜日にね?」


 危険度の下がった間宮さんは天使のような笑顔を見せると大きな胸をキュッと寄せ、くるりと背を向けた。そしてゆっくりとその場を後にしたのだった。あの人格の変わりようは普通じゃない。



 ……リリィはゴミ箱に捨てられた低級悪魔を抱き上げて、凄い形相で僕を睨み付けた。


「リリィ……えっとな」

「……ふん」


 リリィは僕の言葉を無視するように横を向いた。オーダーを行使して止めに入った事を怒っているのだろうか。——僕もリリィも、無言で帰路につこうとした、その時だった。



「みーつけた! 愛しのリリィ、こんな所にいたんだ、捜したんだよ? ……酷いよなぁボクがいるってのに、他の男に尻尾振るなんてさ。『玉砕のリリィ』と恐れられた処女の君らしくもない」



 僕達、いや、リリィに話しかけてくる声がした。

 声の聞こえる方へ視線をやると公園玉の上に女の子が座っていた。


 ——直感で認識出来る。

 彼女は人間ではない。真っ黒なローブを着た、人間ではない女が、そこにはいた。


「はぁ、まさかキミが主人? ……見るからに頼りなさそうな、ケルベロスのフンみたいな男だね。使い魔に偵察に行かせたんだけど、主人のくせにリリィに手を出せないチキンボーイで、ボクとしては安心なんだけどね〜」


 女の子はそう言って、クスクスと笑う。ケルベロスのフンみたいな男って、どんな男だよ?

 リリィは尻尾をフニャッと萎びかせ、肩を窄める。いつもの負けん気はどうしたんだ?


「……か、帰ってよ。なんでアンタがコッチにいるのよ」

 リリィは顔を上げ、震える声で女に言った。


 すると真っ白なショートカットの髪をフワッと揺らした女は口元を緩め下唇を舐める。


「随分な言いようだなぁ? キミが心配で人間界まで来てあげたのに……」

「……っ……」


 褐色の肌に白い髪、——翡翠色の瞳の女は公園玉の上で立ち上がり、ローブ上からも分かるくらいの、微かに膨らんだ胸を張り不敵に笑う。


「……ほんとに忠誠を誓っちゃったんだね、リリィ? サキュバスの恥晒しだと思わないのかい? 人間ごときに堕ちるなんてさ」

「お、おい! 俺はフンでも何でもいいけど、リリィを恥晒しとか言うなよ! お前もサキュバスなのか? それなら仲間じゃないのか?」


 白髪の女は、そのつり目がちな翡翠色の瞳を見開いて驚いた表情を見せた。


「お? 意外だな? ……オマエ、思った以上に度胸あるじゃない? どう? ボクと遊んでみる? ……君の生命力はリリィに必要みたいだから、殺さずに可愛がってやってもいいよ?

 ただ、オマエはリリィに触れるなよ? 人間ごときがボクのリリィを穢しているなんて、考えただけで頭が痛くなるよ」


「や、やめなさいよ、人の、し、主人に勝手に言い寄らないでっ! サキュバスにとって忠誠を誓った相手を寝取られるのが……ど、どれだけの屈辱か知らないわけじゃないでしょ!」


 リリィは僕の前に立ちソウルイーターを召喚した。それを見たボクっ娘は公園玉から飛び降りると華麗に着地する。全身を覆う黒いローブがフワッとなびき、リリィと同じような尻尾が見えた。


 やっぱり、彼女もサキュバス、悪魔か?


「キミはすぐに暴力に出るのだから。流石は玉砕のリリィ、襲いくる男達の玉をことごとく玉砕してきただけはある。ボクは平和主義者だから、今日は引いてあげるよ。でも忘れないでリリィ? キミをイカせるのは他の誰でもない、ボク……

 マリア=マリン=ル=ブランシェだからね? ふふふっ」


 マリアと名乗ったボクっ娘は、ピョンと跳ねるとカラスのような影を呼び出し、そいつに掴まりこの場を去ってしまった。

 嵐のようなボクっ娘は居なくなった訳だけど、

 ……リリィは大きく息を吐き出し、その場にへたり込んでしまう。


 あのマリアとかいう女、リリィとどんな関係なんだ?

 リリィがこれだけ取り乱すとか、相当に嫌なやつなのかも知れないな。

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