10【人生初プリクラは悪魔と】
ゲームセンター『デビルダム』の店内は少し薄暗い。客がちらほら見えるけど、お世辞にも賑わっているとは言えない。
だからこそ、ここに来たのだけど。
「なんだか騒がしい所ね? 貴族をエスコートするのに、こんな薄汚い場所に……」
「まぁお嬢様はこんな所、中々来ないと思うけどさ、まずは色々やってみたらどうだ?
文句を言うのはその後でもいいだろ?」
「ふん、仕方ないわね。ならどうやって遊ぶのか私にレクチャーしなさいよ」
ゲーセン知らないのか? 魔界にはゲーセンはないのかも。そんな事を考えていると、リリィはキョロキョロと周囲を見回しUFOキャッチャーに目を付けた。景品は、鎌を振り上げた熊のぬいぐるみだった。しかも血塗れの。確か、クマデビルだっけ。
……他にも色々ある中でコレを選ぶところ、やっぱリリィは悪魔なんだと再認識する。
「こ、これは何? 何だか使い魔みたいなのがゴロゴロいるけど?」
「コレは使い魔じゃなくてぬいぐるみな」
確かにコウモリっぽい翼まで生えてますけどね。
「も、もしかして、欲しいの?」
「えっ!? べ、別に? ち、ちょっとだけ可愛いなと思っただけよ。ふん」
「可愛いかどうかは別として、それなら挑戦してみれば? 今両替してくるから待ってろよ」
僕は二千円を小銭に両替してリリィに手渡した。リリィは大きな琥珀色の瞳を瞬かせる。
簡単に説明してあげると、恐る恐る小銭を入れるリリィ。すると筐体から音が鳴る。
リリィは細い身体をビクッと震わせ、僕を凄い形相で睨みつけてきた。
驚いたからって僕を睨みつけるのはやめてほしいのだけど。強がっている割には意外とチキンな性格なんだな、リリィは。
……数分後、
結果は惨敗。二千円分の小銭は瞬く間に筐体に飲み込まれてしまった。
「もう! 何よこれ! 全然捕獲出来ないじゃない! 低級悪魔のくせに生意気よ!」
……捕獲って。
あくまで、それを野生の低級悪魔か何かと勘違いしている様子だ。
「むぅ……」
——はい、拗ねました。
見兼ねて後二千円分小銭を追加した。そして今度は僕が挑戦する事に。低く屈み、クレーンと同じ目線で集中する。……狙いはあの斜めに片足を突き出した低級悪魔だ。
リリィの惨敗っぷりを見ていた限り、このクレーンのアームは左側しか効いていない、右は緩々。僕はその左側で低級悪魔の顔面を突く。低級悪魔は堪らず転がり、穴の手前で何とか耐え凌いだ。
「あっ……」
リリィは落下寸前の低級悪魔と僕の顔を交互に見やって、小さく声を漏らした。左側に立ったリリィの指が僕の制服をクイクイ引っ張っているのが分かる。ふと振り返って目が合ったリリィは、咄嗟に横を向いた。
さぁ、後は崖っぷちの低級悪魔に引導を渡すだけだ。喰らえ! 必殺左アーム!
グイグイ、顔が変形するくらい左アームで押し込まれた低級悪魔は、
——ゴトン、と、奈落の底へ。
「はっ! すずきっ! 落ちたわ!」
「だな。そこから取り出せるぞ」
「う、うん……!」
リリィは取り出し口をそっと開けた。そして中から不気味な熊のぬいぐるみを取り出し、口元を緩める。小さな胸にギュッと抱いた低級悪魔は再び顔面が変形して、ちょっと苦しそうだけど。
「や、やるじゃない、すずきにしては上出来ね? ほ、褒めてあげる」
……褒められた。
頬を赤らめながら大事そうにぬいぐるみを抱くリリィが、ほんの少しだけ可愛いく見える。
僕とリリィはその後、太鼓を叩いたり、リズムゲームをして放課後を過ごした。対戦格闘ゲームをプレイするリリィの激しさに驚きながらも、それなりにゲームセンターを満喫。
「リリィ、次は何する?」
リリィは大きな瞳をパチクリさせて、ある一点を見つめている。その先にあるもの、
「すずき、アレは?」
「プリクラ、だな。あの部屋に入って中で写真を撮るんだよ。知らないのか?」
「魔界にそんなものないもの」
リリィはツンと口を尖らせた。
女の子と二人でプリクラとか、正直僕も初めてだ。というか、プリクラ自体が初めてなんだけど。
リリィは期待の眼差しで僕を見上げる。
どうやら興味があるみたいです。
尻尾を見ればなんとなく分かる。左右にフリフリしちゃってるのは、何かしら感情が動いている時だと、僕は勝手に解釈している。
「や、やってみる?」
「す、すずきがやりたいって言うなら……付き合ってあげる」
素直じゃないなぁ。
「じゃぁ、やめておくか……」
「な、なんでそうなるのよっ!」
「やりたいの?」
「うるさい! すずきのくせに! いいから黙って連れて行くの! この馬鹿!」
はい、怒られました。
リリィは低級悪魔で僕を数発殴ると、僕の手を取り目で合図を送ってくる。
ちゃんと手を引いてエスコートしろって事か?
……
室内は思ったより狭く、リリィとの距離がやけに縮まった。リリィは気にしてなさそうだし、ここは僕も平然を装うことにしよう。
不思議だな、リリィに触れても拒否反応が出ないのは何故だろう。
「……えっと……」
む、コレはどうすればいいのだろうか。全然わからん、なるようになれ。
……人生初のプリクラが悪魔とのツーショットか。確か先にお金を入れてから……
——四百円、高っ! プリクラってそんなに高いのか? ただの写真のくせに。
お金を入れると機械音と共に甲高い声が室内に響く。やけに多い項目、フレームやら背景やらをオススメに設定すると、甲高い声が言った。
『はーい、それじゃぁ笑って〜!』
「え?」「な、何が起きるのっ!?」
——カシャ!
突然過ぎる激写に戸惑って目を閉じるリリィと、ブレまくりの僕の姿が映っている。
『それじゃぁ次! はい、変顔だよ〜!』
「変顔!?」「やめてっ魂を抜かれちゃう!」
——カシャ!
暴れたリリィの小さな拳が僕の顔面にめり込み、見事な変顔が完成していた。
リリィは震えている。何をそんなに怯えているのだろうか? 魂が何ちゃら言ってたけど。
『次は最後だよ! ギュッとハグしちゃおう!』
コ、コイツは何を言ってやがるんだ!?
「も、もう嫌っ! こわいっ!」
「うわあっ、リリィ!?」
——!
僕に飛びついてしがみつくリリィが、しっかりと激写された。プリクラのやつ、心の準備をする時間も与えないとは、恐ろしい機械だ。
リリィは僕を見上げると、キッと睨み付けた。
「リリィ? 大丈夫だって、写真を撮っただけだ」
「し、写真? 魂は抜かれて……ないみたいね」
写真撮って魂抜かれるとか、どんな恐ろしい装置だよそれは。……外に出て、出来上がった写真を取り出してみる。僕はそれをリリィに渡した。
リリィはそれを受け取り頬を赤らめる。自慢の尻尾をピンと張り目を輝かせるリリィの反応は中々面白い。そうだ、もう少し脅かしてやろう。
「次はアレをやろうぜ?」
ゾンビパニック。
迫り来るゾンビ達をひたすら撃ちまくるシューティングゲームだ。
確信出来る。リリィは間違いなくビビる。
その姿が見たくなってリリィを室内へエスコートした。
——数分後、
「逃げるぞリリィ! バレたら出禁だっ!」
「え!? わ、わかった!」
僕はリリィの手を引き全力疾走でゲームセンター『デビルダム』から脱出した。
走って、走って、とにかく走った! それこそ息が上がるくらいに。
「はぁ……ここまで来れば大丈夫か」
「はっ……はぁっ……何で逃げるのよ?」
そりゃリリィがゾンビにビビり過ぎてソウルイーターでぶった斬るからだろーが!
器物破損で捕まるっての。……こりゃ暫くはあの店に近付かない方が賢明だろうな。
リリィはゆっくり息を吐き、乱れた髪を整えると、僕を見上げ笑顔を見せた。
「中々楽しかったわね。すずきにしては、やるじゃない」
「どういたしまして、お嬢様」
そろそろ帰るか。
僕がそう思った時だった。
「何をしているのかな? こんな所で」
僕は背筋が凍り付くような感覚に襲われた。ふと振り返った先に、彼女がいた。
……間宮遥香、
しかも眼鏡無しの危険度Aの間宮遥香だ。
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