9【魔界へ寄り道】



 ——チャイムが鳴る。



 滞りなく一日を終えたリリィは何食わぬ顔で鞄に教科書をしまっている。そんな彼女の周りにクラスの女子達が群がり、我先にと質問を投げかけているのが見えた。


「リリィさん、この髪地毛? 凄く綺麗!」

「その尻尾可愛いね! 先っぽがハートみたい!」

「肌も真っ白でスベスベ、ねぇねぇ、洗顔は何を使ってるの?」と、興味津々の女子達にリリィは真顔で答える。


「えっと……精○?」


 ——精○で洗顔する奴がいるか!


「え? セーシ? それどこのメーカー?」

「え、その……すずき、かな」

 リリィは少し戸惑いながら首を傾げ、尻尾も同じようにクイッと曲げて見せた。


「皆んな! スズキで今すぐ検索よ!」

「分かったわ! スズキのセーシね!」


 もう、どうにでもなれ。スズキで検索しても軽自動車が出るだけだよ、多分。


 僕は荷物をまとめて教室を後にした。僕は帰宅部で田中と太田は部活に所属している。帰り道はいつも一人、ボッチでも別に寂しくないやい!


 それにしても今日の間宮さん、色々と危ない雰囲気だったな。授業中、何度も眼鏡割れてたし。

 予備の多さにビックリだけど、アレは全部あの谷間に収納しているのかな?


 とにかく、見つかる前に逃げ帰るとしよう。彼女の儀式に巻き込まれるのだけは御免だ。入学早々に目を付けられて、事あるごとに僕を襲わんと企らんでいるのだから始末が悪い。


 暴走した間宮さんから逃れるのは至難の業で、昨日はリリィが跳び箱からひょっこり現れなかったら正直アウトだった。

 

 そんな思考を巡らせながら下駄箱を開けると、ふと僕に話しかけてくる声がした。


「ちょっと、何一人で帰ろうとしてるのよ! 私がクラスメイト達に群がられてるのを助けようともしないで。すずきのくせに」


 話しかけてきたのはリリィだ。彼女は不機嫌そうに口を尖らせ腰に手をやる。


「いいじゃないか、友達いっぱいの人気者で」

「すずき? アンタ自分が友達少ないからって卑屈にならないでよね? さ、帰るわよ?」

「え?」

「何よ、一緒に住んでるんだから一緒に帰るのは普通でしょ? それとも嫌なの? 昨日はあんなにハァハァしてたくせに」


 リリィは頬を染め腕を組む。組んだところで寄るモノが何もない胸をピンと張り僕を睨む。

 僕は周囲に誰もいないのを確認すると、リリィの手を取り急ぎ足で校舎を後にした。




「何よ? 私と歩くのが恥ずかしいの?」

「違うけど、学園のモブ代表みたいな僕がリリィみたいな……」

「……わ、私みたいな、何よ?」

「べ、別に何でもない。とりあえず帰ったら、どういう事か話してくれよ?」

「どうも何もゼムロスの仕業よ。親交を深める為に『学園ラブコメイチャラブヒャッハー』して来いとか言って。意味分かんない……」


 僕が逃げないように監視する腹づもりだろうか? 何にせよ、ゼムロスさんには注意しないと。リリィと違って微妙に頭が回るみたいだし。


「ねぇすずき? 学園ラブコメイチャラブヒャッハーって何すればいいの?」

「何って……」


 知らん。そんなヒャッハーな学園生活は送った事がないのだから。

 しかしそうだな。

 リリィとイチャラブヒャッハー。

 もしもの話だ。


 ——僕に彼女がいたとしよう。


 手を繋いでも拒否反応の出ない彼女がいたとして、下校中に何がしたい?


 ——寄り道。駄菓子屋で買い食い?

 駄目だ、これじゃ小学生だ。

 ——映画? カラオケ? 夢咲モール?

 いや、人が多すぎるし歌は苦手だ。


「す、すずき?」

 リリィは困った表情で首を傾げる。


 流石に夢咲モールはハードルが高いな。彼女いない歴=年齢の童貞ボーイの僕が、リリィみたいなお嬢様を連れて歩くのを目撃されたら面倒だ。


「えっと、リリィはヒャッハーしたい訳?」

「ヒャッハーの意味が良く分からないけど、これからすずきとは命を預け合う仲になるわけだし、な、仲良くなる……努力くらいはしてあげてもいいわよ?」


 そう言ってツンと横を向いたリリィは、尻尾をフリフリ。どうやらヒャッハー、つまりは寄り道に興味はあるみたいだ。


「じゃぁ、ちょっと寄り道していくか」

「ふん、ちゃんとエスコートしなさいよね?」


 ——

 こうして僕達が到着したのは、家の方向とは逆の場所に位置するゲームセンター。


 夢咲モールの存在で、客足が遠のきつつある寂れたゲームセンター『デビルダム』だ。……デビルダムの意味は魔界、リリィを連れてくるにはもってこいだろ。悪魔だし。

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