サキュバスちゃんは《処女》を捧げない〜▶︎

カピバラ

1【跳び箱から生えた悪魔】






「あっはははは〜! 逃がさないよ〜!」 



 僕は今、貞操の危機に瀕している。

 逃げて、逃げて、逃げて、逃げ込んだ先で僕は無様に尻もちをついた。そして僕は遂に、

 跳び箱を背に追いつめられてしまった。


 跳び箱、——ここは校舎裏の体育倉庫の中。

 僕はそこで、女子に壁ドンを決められた。正確には、跳び箱ドン、だけれど、それはこの際どうでもいいことだ。

 見事に尻もちをついた僕の顔を彼女は舐めるように眺める。


「かーんじ君、えっちしよ?」


 頬を紅潮させ、右手で壁……跳び箱ドンを決めた彼女の名は間宮遥香まみやはるか、僕のクラス、ここ夢咲高等学園、二年A組の委員長であり、クラス一の美少女。


 綺麗な黒髪、大きな瞳、白い肌に整ったプロポーション、……しかし、残念ながら本性はこの通り、狂気の淫乱委員長だ。


 そして今、そんな彼女……間宮さんに跳び箱ドンを喰らっている訳だ。この包囲網を突破しないと僕の大事なものが奪われてしまう!


 僕は妖美な表情を浮かべる間宮さんの隙をついて、反対側、つまり僕から見て右側の空いたスペースから脱出を試みた。

 しかし残念ながら、それは失敗したようだ。


「あはははぁ〜逃がさないんだよ? 鈴木漢路すずきかんじ君、あーそーぼ? あはははっ!」


 ダブル跳び箱ドン!? ……なんて事だ、両手で脱出口を塞がれてしまったみたいだ。

 跳び箱を背に、尻もちをついたような格好で、完全に動きを封じられた。

 間宮さんの真っ白なブレザーの胸元から赤いネクタイと大きな胸が溢れ落ちそうで、思わず視姦。


「あっははははっ可愛いね〜!」


 委員長の狂った笑い声が二人きりの体育倉庫に響き渡る。もはや逃げ場はない……


「ほら、おっ○いだよ〜? 好きにしてもいいんだよ〜、柔らかいよ〜?」


「え、遠慮しておくよ……間宮さん」と、丁寧に断ってみる。

 間宮さんの制服、綺麗な髪、目の前に迫る胸、その全てから、とても良い香りがする。


 しかし何故僕なのか。他にも男は山ほどいるのに何故この人は僕を付け回すんだ。

 クラス一の美少女である間宮さんが、クラスのモブ代表みたいな僕と遊びたがる……もとい、性行為を求めてくるのは普通にネジが飛んでいる。


「……ちょっと間宮さん……?」


「ふふっ、可愛い……興奮しちゃったの?」


 違う、僕は断じて興奮なんてしていない。何故なら僕は女性が苦手なのだから。

 所謂、女性恐怖症? とにかく僕は女性に触れると身体に拒否反応が出てしまう体質なのだ。


 目の前に柔らかそうな果実が実ってようと、サラサラした髪が頬を撫でようと、太ももにおしりを擦り付けられようと、それは僕にとって拷問でしかない。


 しかし下半身は律儀に反応するのだから男という生き物は不憫である。拒否反応は起きても、結局女の子には興味があるのだから。


 そんな僕の混乱をよそに、自らのブレザーのボタンを一つ、二つと外していく間宮さん。大きな胸は今にも零れ落ちそうだ。


「大丈夫だよ? ちゃんと〜、気持ちぃ〜くシテあげるから、我慢しないで思いっきり出しちゃいなよ、ピューッてね、あはははっ! えいっ!」


 次の瞬間、間宮さんの胸が僕を呼吸困難に陥れた。ギュッと圧迫される、柔らかくて、あたたかくて、良い香りがして、普通の男子高校生なら、このまま窒息死しても本望だ! とか思うのか!?


 僕は暴れて抵抗を試みたけれど、下半身をスカートから伸びる太ももでしっかりホールドされていて、逃げられそうにない。


「はぁっ……きも、ち……イイ……漢じ、くんっの……膝が擦れてっ……」


 か、感じてる!? 人の膝で自慰行為まで始める狂気の淫乱委員長。こんな間宮さんの顔、誰が想像出来るだろう。普段は優等生で人当たりも良く、クラスメイトからも先生達からも絶大な人気を誇る、あの間宮さんが、童貞の膝で自慰行為に興じて喘ぎまくる姿なんて、誰が想像出来る!?


「はぁん、やらしい膝なんだから……こっちは、どうなのかな?」


 僕の膝はやらしくない、やらしいのは間宮さんだ。そんな考えを巡らせていると、間宮さんの右手が僕のズボンのチャックを下ろし始めた。


 ……終わった……剥かれる。

 僕が色々と諦めた。その時——


 後頭部辺りでガタンと鈍い音がした。それと同時に間宮さんが動きを止めた。間宮さんは僕、……というより、僕の後ろを見て目を丸くしている。

 そして尻もちをつき、さっきまで僕の顔に押し付けていた胸をポヨンと揺らした。


「な、なんなの君……!?」


 間宮さんは地におしりをつけたまま後ずさり、僕の後ろを指さしては声を震わせた。

 僕は振り返る。


 ……簡単に状況を説明すると、

 跳び箱の一番上の段が消えていて、代わりに女の子が中から生えている。


 ……


 何故二回言ったか? それくらい驚いたからだ。

 要するに、跳び箱の中から女の子が現れた訳だ。


 唖然とする僕と間宮さんの事は完全無視で、周囲を見回した彼女は肩に乗せたコウモリのような生き物と会話を始めた。


「へぇ、ここが人間界ね? なんだか汗臭いわね」


『リリィ、お前が訳の分かんねぇ場所に出るからだろが、ちゃんと座標を確認してだな……』


 コウモリらしき生き物がおっさん声で悪態をつく。そんなおっさん声のコウモリの言葉を遮るように、ほぼブラ姿の女の子は頬を染めて反論する。


「うるさいな〜使い魔のくせに生意気よ? ……アンタは私の言うことだけ聞いてればいいの」


『はっ! 劣等生の癖に偉そうに! そんな言葉は男の一人でも堕としてから言えっての! 誰が好き好んでツルペタの使い魔になんかなるかっての! オレ様はもっとボインでプルルンな主人が良かったってんだ! へっ、オレ様は疲れた! 少し眠る!』


 そう言ってコウモリは女の子の影に溶けるようにして姿を消してしまった。いったい何が起きているのだろうか。


「あっ、ちょっと……もう……すぐ人の影に隠れるんだから。何よ……ツルペタとかっ! あ、後で三回くらい殺してやるっ……ち、小さくて何が悪いってのよ、ふんだ」


 この子、意外と打たれ弱い感じですかね?


「……で、アンタ達、誰?」


 それは僕達のセリフだ。いきなり跳び箱から出てきて言う言葉じゃぁない。


 というか、コイツ、三次元離れしているな。


「ちょ、人間、ジロジロ見ないで」


 跳び箱から人が突然現れたら、誰でもジロジロ見ると思いますが。それに、三次元離れというか、完全に二次元だなこれは。


 背は極めて低い。だって跳び箱から顔と胸の辺りまでしか見えないのだから、かなりのミニマムサイズとみた。そして、肌は真っ白、瞳は綺麗な琥珀色、トドメに髪はピンクブロンド、

 ——所謂ピンク髪の女の子だ。


 こんなの、リアルでは中々お目にかかれない。

 

 何組の子だろうか。見た事ないけど、校内にいるって事はこの学校の生徒だろ? 一年生かな?


 僕が思いを巡らせていると、間宮さんがすっくと立ち上がり、謎の少女に指をさす。


「ちょっと君! わたし達の愛の儀式を邪魔しないで! ……どこの誰だか分かんないけど、今すぐ出て行って! これから神聖な儀式が執り行なわれるんだから! ゴー、ヘル! お家に帰りなさい!」


 ま、間宮さん……儀式って何ですか! それにゴーヘルじゃなくて、多分ゴーホームかハウスです。

 ヘルだと地獄に帰れになりますよ! 間宮さん成績優秀なのにネジ外れすぎだぜ!


 謎の少女は大きな瞳をパチクリさせ大きくため息をつくと、呆れ顔で言った。

「お楽しみのところ邪魔したみたいね。……いいわ、こんな汗臭いところ、すぐに出てってあげる。どうぞ続きを」


 そう言って華麗な跳躍で僕と間宮さんを飛び越え反対側に着地した彼女のスカートが、ふわっとなびいた。跳び箱から出てきた事で全身を拝めた訳だけれど、とにかく目の当て所がない服装をしている。


 上は小さな胸を黒い水着のようなもので隠してあるだけで、下はひとたび風が吹けば丸見えなレベルの短い黒スカートのみ、というシンプルかつ露出度の高い服装だ。

 因みに先程の跳躍でチラリした下着の色は可愛いピンクだった。


 そんな事より驚いたのはスカートから伸びる黒い尻尾のようなモノの存在だ。


「それじゃ、私は行くわ。」

「ま、待って……!」と、僕は咄嗟に彼女を呼び止めた。彼女は振り返ると、「何よ?」と不機嫌そうに声を漏らす。


「あの……僕、この人に襲われてて……」

「漢路君、酷い! あんなに喘いでたじゃん!」


 断じて喘いでいない! というか喘いでいたのは何を隠そう、間宮さん、アンタだ!


「アンタも精気を? ……ではなさそうね。でもさ、アンタには魅力がないみたいよ? だってほら、そこのモヤシ君、嫌がってるじゃない?」


 モ、モヤシ!?


「な、なな何よっ! いきなり現れて、わたしに魅力がないとか……君、何者よ! それに漢路君はモヤシ君じゃないわよ! ミジンコ君よ!」


 間宮さん? それなら僕はモヤシを選びます。……生き物じゃないけど、何となくミジンコは嫌。


「いいわ、そんなに知りたければ教えてあげる。私は由緒正しき貴族ショコラティエ家の令嬢、

 リリィ=ホイップ=ラ=ショコラティエ、サキュバスよ!」


 極めて小さな胸をピンと張り、この上ないドヤ顔で彼女は名乗った。


 ……やけに甘そうでスイーツなお名前を。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る