21【最狂タッグ】※


 彼女の表情は、それこそ晴々としていた。


 間宮遥香、二年A組の委員長であり学年トップクラスの美少女。眼鏡の似合う知的な女の子。勿論、成績も優秀で常に学年トップをキープしている。


 しかし、こと恋愛に至っては不器用を通り越して色々と痛い女の子でもある。

 彼女は、——間宮遥香は鈴木漢路の事を好いている。それは高校に入学した時からずっとの事で、別クラスだった彼を付け回し、彼の情報をノートに書き溜める始末。


 秘密の愛のノートは、既に数十冊目。


 遥香は日々資料に目を通す。

 ——男の悦ばせ方、の。


「もっと勉強しなきゃ」


 彼女の言う勉強、それは性の勉強である。

 どうすれば男が悦ぶのか、どうすれば男が絶頂を迎えるのか、——どうすれば漢路に、自分を見てもらえるのか。そういった勉強である。

 漢路の言うところの、『成績優秀なのにネジ飛び過ぎだぜ』は、案外的を射ている。


 下駄箱で靴を履き替える。間宮遥香は部活には所属していない。代わりに生徒会に所属していて、色々と忙しくもある。


 帰る前に少し気になっていた事を確認しに行こうと体育館前を歩く遥香の姿に、すれ違う生徒達は息をのんだ。遥香はそんな視線を気にしないように、平然を装い、間も無く現場に到着した。

 ——そこは校舎裏。


「あ、いた」


 見上げると二階の部屋のカーテンがバタバタと風になびいているのが見える。

 あそこは資料室だ。


 数人の女子生徒達が群がっていて、その中心には地面にうつ伏せで倒れる白髪の少女の姿。

 女子生徒達は口々に、「誰かな?」「尻尾生えてるね」「尻尾って、ミニマムデビル先輩と同じ?」「知ってる、今日も一人潰されたって聞いたよ」と、倒れる少女の身体をツンツンする。


 ツンツンされる度に身体をピクッと反応させる少女、マリアは尻尾をフニャッと萎びかせている。


「君達〜? 何してるのかな?」


 間宮遥香は一年生であろう彼女達に言った。

 女子生徒達は、はっ! と遥香の方を向くと立ち上がり、まるで神を崇めるかのような表情を浮かべた。


「わぁ! 間宮先輩だっ!」

「本当だ、間宮先輩、今日はもうお帰りですか?」

「間宮先輩っ、女の子が倒れてますけど、どうしたらいいんでしょうか? 先生、呼んだ方がいいですか?」

「ツンツンしても起きないんです!」


 と、我先にと言葉を放つ女子生徒達。


「先生はいいよ、わたしに任せて。この子、知り合いでね。ちょっと足を滑らせて二階から落ちただけなんだよ」


 遥香は天使的笑顔で言った。

 しかし、女子生徒達は思った。ちょっと足を滑らせて二階から落ちただけ、って、それはもはや、だけ、ではないと。


「そ、そうなんですね、それじゃあ間宮先輩にお任せしてもいいですか?」

「うん、いいよ? 君達も気を付けて帰るのよ?」

「はい、うっかり足を滑らせて二階から落ちないように気を付けて帰ります!」


 そう言って女子生徒達はその場を後にした。

 遥香は屈むとマリアをじっと見つめた。白い髪、褐色の肌に健康的な引き締まった肉体、その割にプリンと柔らかそうなお尻、そこから生える尻尾。


 そして、彼女の羽織る、


「漢路君の……上着。はぁぅ……」


 遥香はその神器に手を伸ばした。その時、


「あ、間宮遥香か……いてて……」と、うつ伏せで倒れていたマリアがクルンと半回転した。


「あ」と、伸ばした手を咄嗟に引いた遥香は、心の中で、ちっ、と舌打ちする。


「ヘマして脚を挫いちゃったみたいだよ、はは……ボクって本当馬鹿だよなぁ。リリィにはフラれちゃうし……」


 マリアは哀しそうに夕暮れ時の空を見上げている。遥香はそんなマリアに、

「漢路君も言ってたでしょ? まずは友達から、わたし達は先を急ぎ過ぎたんだよ。多分」と、手を差し伸べた。


 マリアはその手を取り、上体を起こす。大きな翡翠色の瞳で遥香の瞳を見つめたマリアは、一瞬、遥香に対して魅了を発動した。


 遥香の息が荒くなり、瞳はトロリとして光を失った。しかしマリアはすぐに魅了を解除、間宮遥香を解放した。

 遥香は何が起きたのか? と自らの胸に手を当て首を傾げた。


「こんな力で……こんな、力でしか……」

「これが……サキュバスのちから……ねぇマリア、わたしがリリィと友達になるのを手伝ってあげようか?」

「間宮……遥香?」

「遥香でいいよ、さっきも言ったように、わたし達は先を急ぎ過ぎたんだよ」


 マリアは驚いたように瞳を見開く。そんな彼女に遥香はこう続けた。


「だから代わりに、男の悦ばせ方、教えて? サキュバスちゃん? わたしはわたしで、彼の病気を治さないといけないの。それがわたしの使命なの」


 遥香は真剣な眼差しでマリアを見やる。マリアは一瞬戸惑ったが、すぐに噴き出すように笑った。


「ははっ、お互いまだまだ諦めていないって事だよね? いいよ? キミに、いや、遥香に最高のテクニックを教えてあげる」

「わたし達はパートナーね、わたしは漢路君を、マリアはリリィを、お互いの欲しいものの為に力を合わせましょう?」

「あぁ、わかった! パートナーだな! これから宜しく、遥香! あ、遥香、……さっきから言おうと思ってたんだけどさ、足元には注意した方がいいよ? うちのエロガラスがずっと遥香のパンティ覗いてやがるから」


 遥香の足元からマリアの使い魔クロウの視線。それに気付いた遥香は咄嗟に委員長眼鏡を外して、影を思いっ切り踏みつけた。


「おんどりゃぁっ誰に許可得て見てやがるんじゃいゴルァ!? あぁん!?」

「え、遥香……? お、落ち着いて!?」


 ——

 散々クロウを踏みつけた後、何とか落ち着いた遥香は眼鏡をかけ直し、笑顔を見せる。


「あぁ、なんだかスッキリしたわ! そうだ、マリア……君は行く宛あるの?」

「ボクはいつも公園で寝泊まりしてるから安心しなよ?」

「あ、いやそれ全然安心出来ないし安全じゃないよ。というか危険だよ、年頃の女の子が公園で寝泊まりなんてしてたら襲われちゃうかも」

「あ、でもそれはそれで本望というか……」


 マリアは何故か頬を染め身体を捩らせる。


「駄目駄目! 女の子なんだからちゃんとしないと! そうだ、わたしの部屋においで? 寝泊まりくらいはさせてあげるよ」

「でも、ボク……キミも襲っちゃうかもよ?」

「そ、その時はその時だよ。とにかく、そんな話を聞いて放っておけるほど、わたしのネジは飛んでないの」


 いいえ、飛んでますよ。それはさておき、


 こうして間宮遥香とマリアは、同じ部屋で過ごすパートナーとなった。

 お互いの意中の人を手に入れる為の、


 ——二人の春は、まだ始まったばかりだ。






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