22【趣味は女の子の身体を弄ること】



 五月八日、水曜日。リリィの機嫌は昨日に比べるとまだ穏やかだ。とはいえ昨日は大変だった。

 リリィの機嫌を直す為、コンビニのスイーツを買い漁って献上した。おかげで僕の懐はすこぶる風通しが良くなってしまった。


 その後、

 約二時間に渡るの刑に処された僕は、魂まで抜き取られて今に至る。



 ——

 朝のホームルームが始まるまでは少し時間がある。

 僕はいつものように田中、太田とどうでもいい話で盛り上がっていた。

 例えば、駄菓子屋の女の子がダ○ソンのコードレス掃除機にゴミを詰まらせていたとか、そんな他愛もない話。


「それにしても田中、アレの方は大丈夫か?」

「昨日は流石に部活休んだわ。はぁ、愛しのリリィちゃん、鈴木はいいよなぁ〜あんな可愛い子と一緒に住んでるなんてよ〜」

「げ、現実はそんな夢のようなものではないぞ」


 ——正直、昨日のアレは地獄だったし。


「何を〜!? 鈴木、お前は自分がどれだけ幸せ者かわかってないみたいだなぁ! リリィちゃんの部屋着姿を毎日拝めるとか、そこは天国だろーが!」


 最近は部屋着がシャツ一枚とか、田中には言わない方がいいかな。


 それに何度も言うけれど、リリィはあくまでも悪魔であり、その中でも極めてエロい種族のサキュバス。

 ……まぁ、処女なんだけど。


 成り行きとはいえ、毎晩リリィとこなすルーティンのことは田中には言えない。口が裂けても言うべきではない。そんな考えを巡らせていると、僕達の会話に割り込むように暁月海月と小野礼奈がやってきた。


「やぁやぁ、傷心の田中君じゃないかね〜! 今日は部活に出られそうかな?」と、暁月。

「なんとかなぁ……」

「た、田中君っあの、お、お、おち、おちち……」


 小野は言葉に詰まり顔を真っ赤に染めた。それを見て太田が腹を揺らしながらブヒィと鳴いた。


「田中のおちん……ブグッファォーン!!!!」


 ——正拳突き!

 小野の拳が太田の腹にめり込み、スーパースローで腹の肉が波打つのが見えた、と、同時に太田は物言わぬ肉塊と化した。


「よ、良かった、田中君が生きていて」

「おう、昨日はありがとな小野。俺はこれしきの失恋で死なないぜ?」

「う、うんっ! 田中君は無敵だよぉっ!」


 小野は謎のガッツポーズを決めた。


「それはそうと、スズキング閣下!」


 暁月が突然僕を閣下と呼び、その閣下の肩を揺さぶってきた。その勢いに怯みながら僕は何事だと問いかけた。すると暁月は似合わない神妙な表情で僕を見て言った。

 というか、鼻にティッシュが詰められていて、そっちの方が気になるのだけど……


「お主、リリィちゃんと何かあったのかね?」


 暁月海月のアホ毛がピョンと揺れた。ある意味図星を突かれた僕は咄嗟にそれを否定した。

 暁月は首を傾げると、僕の後ろの席で大人しく委員長していた間宮さんに声をかけた。


「間宮マングローブは何か知らない?」


 間宮マングローブ!?


 間宮さんはクラゲに刺されたかのように身体をビクッと震わせた。その際、間宮さんの胸が見事に跳ねたのを、その場の全員が目で追ったのはこの際いいとして、間宮さんは一息ついて返事をした。


「暁月さん……えと、わたしは特に何も知らないんだけど」

「そっかぁ〜なんだか機嫌が良くないんだよなぁ〜いつもならビーチクツンツンしても怒らないんだけど、今朝はグーパン喰らったよ、ははは〜!」


 あー、さっきから気になっていた鼻のティッシュはリリィの仕業だったのか。

 サラッと流していたけれど、ビーチクツンツンとか、そんな恐ろしい事をよく出来るな暁月は。

 いや、暁月だからこそ出来るのだろう。


「いや〜おじさん、あのビクン! ってするリリィちゃんの反応が面白くて、ハマってしまったのだ」

「だ、駄目だよ暁月さん、お、お、女の子のビ、ビ、ビーチクにぃっ! ……はぅ……」


 小野は顔を真っ赤にして言葉に詰まってしまう。


 そして小野のビーチクボイスを合図に、藻部先生が教室に入ってきた。

 僕を含め、教室内の生徒達は自らの席につき静まり返る。

 藻部先生はそれを確認して、おもむろに口を開く。


「おはよう、それでは朝のホームルームを始めますよ〜」


 眼鏡をキラリと光らせた先生は一息ついた後、こう続けた。


「え〜今日は紹介したい人がいます」


 教室内がざわつき始め、口々に「また転校生?」「女の子かな? 男の子かな?」「最近多いね」といった声が飛び交う。

 そんな生徒達を鎮めるように、手をパンパンと二回叩いた藻部先生が口を開く。


「それでは、入って自己紹介しましょうか?」

「あ、あぁ……分かった」


 待て、このパターンは。


 真っ白なブレザーに身を包む、女の子らしい格好が不釣り合いな、そんなボーイッシュな少女に教室が静まり返る。

 赤いチェックのプリーツスカートから伸びる黒い尻尾、真っ白なショートヘア、翡翠色のつり目がちな瞳、健康的な褐色の肌、


「ボクはマリア

 マリア=マリン=ル=ブランシェだ。マリアと呼んでくれ。趣味は女の子の身体を弄る事だ」


 教室が笑い声でワッと湧いた。自己紹介にネタをぶっ込んできたと、勘違いしているのだろうけど、彼女は至って真面目に自己紹介をしたのだろう。

 マリアはキョトンとした表情で首を傾げ、瞳をパチクリさせた。


 マリアの席は真ん中の一番後ろの席に。

 もはや何でもありだな、これもまたマリアの使い魔の力なのか? それとも……


 マリアは席に座ると右斜め前のリリィに視線をやる。リリィは尻尾をピンと張り横を向いてしまった。マリアはクスクスと悪戯に笑った後、こちらを見る。そして笑顔で言った。


「よろしく〜漢路!」

「お、おう」


 こうして新たに一人、痛い子がクラスに仲間入りした訳だ。先が思いやられる気分だ。

 僕とリリィ、間宮さんとマリア、これは一波乱ありそうな気がする。


 そんな考えを巡らせていると藻部先生がモブなりに口を開く。


「週末は身体測定があるから、皆んな体操服忘れないように。詳細は終わりのホームルームで伝えますね。それじゃホームルームを終わります」


 藻部先生はスーッと教室を後にした。モブらしく。


 身体測定、か。


 僕がリリィに目をやると、リリィは小さく丸まり身体を震わせていた。

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