59【わたしの気持ち】
な、なんて事だ……これはいったいぜんたいどういう事なんだ?
舞台上で二人から告白されている!?
観客席の生徒達が一斉に僕を凝視してくるのが分かる。身体を突く、もとい、貫かんばかりの期待に満ちた眼差しが僕に向けられているからだ。
僕の次の言葉を、この場の全員が息をのんで待っている状況だ。しかし、
しかしだ。今ここで僕がリリィの手を取ると間宮さんが全校生徒の前で盛大にフラれる事に。リリィの人気は高いけれど、それよりも根強いファンがいる間宮さんにそんな事をすれば……
「じ〜っ……」
げっ……リリィが凄い形相で僕をっ……
どうする、どうする、どうする……?
何かいい手はないのか……
そうだ。劇の台本通りに無理矢理修正してこの場をやり過ごせば……!
「あー、二人共、これいじ……」
「冗談はやめなさいよ、かんじっ!」
「ちゃんと答えてよ、漢路君っ!」
「い……えぇ……」
「「どっちを選ぶの!?」」
……二人共引いてくれる気はないみたいだ。
あ、そうか。リリィが言っていたのはコレの事なのかも。……信じているわ、って。
最近だ、あの二人が姿を見せない時があった。リリィは間宮さんが僕を好いている事を知っている。
ケジメをつけようとしているのか?
過去の事なんて関係なく、間宮さんと正々堂々の勝負に出た?
リリィならあり得る。リリィはズルをしたがらない。だから二人で示し合せて決めていたんだ……だから間宮さんはあんなに神妙な顔をしていたのか?
……だからって、どーするよコレ!!!!
「かんじ……?」
う、そ、そんな顔で僕を見つめないでくれ。尻尾もフリフリしないでくれ。
「……漢路、君?」
そんな潤んだ瞳で僕を見ないで!
お胸もギュッと寄せないでくれぇっ!?
僕はリリィが好きだ。それは間違いない筈。勘違いなんかじゃない。それに、リリィだって僕を好いてくれている。あまり態度には出してくれないけれど、あの夜、確かに好きを確信した、筈。
……ごめん間宮さん、僕は……
僕はリリィの施した呪縛によって、他の女性に触れると拒否反応が起きる。
……もし、あの時……
体育倉庫で拒否反応が起きなければ?
……僕はどうしていたんだろうか?
きっと、あのまま身を委ねていただろう。
……最低だな、何を考えているんだ。でも、分からない。僕の本当の気持ちが分からなくなる。
そもそも、僕はリリィが本当に好きなのか?
ただ、毎日のルーティーンが僕に幻想を見せているんじゃないか?
……観客は静まり返ったままだ。
どれだけ長い沈黙が続いているのだろうか。いや、それは僕の感覚であり、実際は殆ど時間が経っていない可能性もある。
答えないと。僕はリリィが……
……?
舞台裏には……暁月の姿が見えた。
暁月、海月。
あかつき、くらげ。
暁月……なんで、
……なんで暁月までそんな顔するんだよ……?
そんな今にも泣き出しそんな顔、暁月には似合わないだろ?
暁月には笑顔が一番似合って……
暁月、海月。
僕が小学四年生の時に転校して来た、少し変わった女の子。誰とでもすぐ仲良くなれる、魔法の笑顔をもつ少女。
彼女はいつだってクラスの人気者で、ムードメーカーで、輝いていた。そんな彼女が中学の頃、僕に言った言葉があった。
「鈴木君はいつもキラキラしてるね〜!」
そう言った彼女の表情を、今、このタイミングで思い出す意味はなんだ?
気が付けば彼女は、暁月海月は僕の隣にいた。主張する訳でもなく、確かに、居た。
だけど、それでも、
「……ぅ……ぃ……」
こ、声……リリィの……
「もういいっ!!」
突如放たれた甲高い声は、会場の隅々まで響き渡りこだました。マイクが歪み、キィィンと不快な音も響く。それと同時に
そこに居た暁月に目もくれずに何処かへ走り去る姿を僕は見ているしか出来なかった。
しかし、その時、
「あー、わたしの負けよー。そこの王子様、何を突っ立っているのよー。はやく追いかけなさいよー」(盛大な棒読み)
ま、間宮さん!?
「か、かのじょをなか、せ、せせたらっ……わ、わたしが許さないんだからねー」
「間宮さん……」
「わ、わ、わたしは、て、天使。君の優しさは、時に人を傷付けるわ。そう、悪魔だって同じ、よ……」
「……ごめん、間宮さん。行くよ」
「…………うん……行って」
僕は学園一の美少女を、全校生徒の前でフッた。
そして走る。舞台裏にいた暁月に目もくれずに、リリィの行きそうな場所へ。
……
「これがわたしのケジメ。わたしの気持ち。……貴女はどうするの?」
「……っ……」
……
くそっ、くそっ、僕はなんて不甲斐ない男なんだっ! 気持ちはずっと、一つだったのに、何を世間体なんか考えてっ……
階段を駆け上がる。二階、三階、更に上へ。
リリィのいそうな場所。
そう、そこは……
僕は鉄の重い扉を開けた。
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