58【アドリブ】※



 午後二時半が過ぎようとした頃、体育館、否、劇場に開演の時間を告げるブザーが鳴り響いた。

 辺りは薄暗くなり、外で声を張り上げていた海月やマリアの声も次第に小さくなり、先程までの騒めきが嘘のように静まり返った。


 漢路は小さく深呼吸して緊張をほぐそうと試みる。リリィも尻尾で緊張をあらわし、遥香は神妙な表情で外の状況を眺めている。


 そして遂に三回目であり最終公演となる、今年の文化祭最後の晴れ舞台が始まる。




 劇は滞りなく、順調に進む。

 リリィの棒読みに全校生徒が笑い、遥香の可愛さに男共がわいた。漢路のハーレムっぷりに冗談混じりのヤジが飛び、正に狙い通りの反応が見られた。

 次々と蹴散らされる女子人間達、王子に振り向いてもらう為に力を行使する天使と悪魔の闘いはいよいよ佳境を迎える。



「ふ、二人共……これ以上闘うのはやめてくれ」


 王子の声に二人は、


「ゆ、ゆずれないものがあるのよーー」(棒読み)

「そうです。もう後戻りは出来ない……ここで決着をつけましょう。天使のわたし、悪魔の貴女、どちらが王子様に相応しい強い女性かを!」(お上手)


「もういいんだ。二人仲直りして……」


 と、その時だった。

 会場にヒロイン二人の声が大きく響いた。



「かんじはどっちを選ぶの!?」

「漢路君っ……わたしはっ……」


「「わたし漢路君かんじが好きっ……だから今……ここでどちらを選ぶか答えて!」」


「え??」


 示し合わせたかのように二人の声はシンクロする。会場はざわつき始める。


 暁月海月は目を丸くして舞台を真っ直ぐに見やる。何故ならこの台詞、台本にない完全なる二人のアドリブだったからだ。


 リリィはゆっくりと尻尾を左右に振り答を待つ。遥香は大きな胸をピンと張り、瞳に涙を浮かべた。

 勿論、漢路は何が起きたか把握出来ていない。会場には生徒達の声が飛び交う。

「なんだなんだ?」「これってガチのやつか?」「さっきはこんなのなかったぞ!?」

 漢路は押し黙り舞台裏の役者(クラスメイト)に目で助けを求めたが、もはやこの状況はどうにもならないと、せめてもの頑張れポーズを返されてしまう。



 海月はマリアに言った。


「マリアちゃん、これ……」

「あー……ごめん海月ちゃん。遥香のワガママだと思う。遥香は漢路のことを諦めてないのかも」

「でも……こんな事したら盛大にフラれるんじゃないの?」

「そうかも……ねぇ海月ちゃん、漢路とリリィ、やっぱり付き合ってるんだよな」

「間違いないと思うよ。あたしは海で見たよ。二人は良い感じだった。誰も……だれも入る余地なんてないよ」


 その言葉を聞いたマリアは舞台の上の天使をじっと見つめては表情を曇らせた。


「……遥香……」


「……馬鹿じゃん……こんなの……」


「海月……ちゃん?」

「何でもないよ。あたしは舞台裏に行ってくるからマリアちゃんはここをお願い……」

「海月ちゃん、だいじょーぶ?」

「……っ……ダ、ダイジョブダイジョブ、グッジョブよーっ!」


 海月はそう言ってその場を去った。


「クロウ……彼女、どう思う?」


 マリアは自分の影に話しかける。影は形をカラスの形に変えマリアに言葉を返す。


『グエッヘ〜、今日は白だ〜グフフ……』

「パンツの色じゃないっての」

『そんなのは決まってるだろ〜グエッヘッ……』

「こりゃ……大変な事になったかな……?」


 ……

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