46【約束】




 二人が忠誠の誓い、所謂キスを交わそうとした、その時だった。


 一筋の閃光がリリィの肩をかすめた。所謂、レーザービームのようなものだ。


 被弾したリリィの肩からは赤い血が滲む。僕は咄嗟に叫んだけれど、やはりこちらの声は聞こえないようだ。

フラリと蹌踉めくリリィの身体を支え後方へ視線を当てたのは僕ではなく、彼だった。


 リリィは突然起きた出来事に困惑しているみたいだ。そんなリリィを落ち着かせながら前に出た彼は、不意撃ちを仕掛けた人物を睨みつけた。


「……クラリーノ……」


 シンプルな白黒のメイド服を着た女性、……そうか、あれは彼の屋敷に仕えるメイド、確かクラリーノって名前の。

 でも何故……何故、彼女がリリィを?

 彼女は彼とリリィの事を容認していたんじゃなかったのか?


「——様、御主人様の意向により、これから二人の魔界的排除を、執行いたします」


「魔界的……排除だと!?」


「はい、排除です。——様は魔王候補でありながら、下劣なサキュバスとの密会を繰り返した事により排除。そちらのサキュバスは、——様を誑かし、家名を貶めた罰として、同じく排除。その方法は公開処刑とする

 以下が、御主人様の意向により決定した事項です」


「公開……処刑……そ、そんな事……何故だ……クラリーノ、君が何故!?」


「何故……私は貴方のメイドではありませんので。御主人様のメイド、クラリーノ=タブリスですから……仕方……ないのですよ」


 これは嫌な空気だ

 でも、そうだ。今現在、リリィは生きているんだ。つまり、これが過去だとしたら……ここでリリィが死ぬなんてことは


 そんな思考を巡らせていると、クラリーノが再び指先から閃光を放つ。それは彼の右膝を貫通した。彼はそのまま地面に膝をついたがすぐに立ち上がろうと踏ん張る。しかし、すかさず反対側の太腿も撃たれてしまった。


両脚を撃たれた彼は無様に地を舐めた。相変わらず、僕の声は二人に届かない。


「——っ!?」


 リリィが彼の元へ走ろうとすると、足元を閃光が焼く。リリィは間一髪でかわしクラリーノの方へ向き直った。


「や、やめてよクラリーノさんっ!」

「やめません!」

「きゃぁっ!?」


 再び足元を撃たれたリリィはキュッと小さくなり後退ってしまう。自慢の尻尾も完全に萎びてしまった。そりゃそうだろう。

 今でこそ強気なリリィだけれど、この時はまだ子供、人間でいう小学生だ。恐ろしいに決まっている。


「……リリィ……逃げるんだ」

「バカ、そんなことっ……で、でで、できるわけっ……ないよっ……」


 そう言うリリィの脚は震えている。


「そこを退きなさい、サキュバス。貴女は生かして見せしめにしますから。まずは裏切り者の——様から、誰にも知れず消えてもらいます。家名の存続に関わることですから、隠密に、サクッと、プチッと、ふふふ、魔王候補の断末魔は、どんな声かしら?」

「ふ、ふざけないでっ……そ、そんなの……ゆ、ゆゆ許さないんだからっ……」

「これでも……同じ事が言えますか、サキュバス?」



 僕はその瞬間、戦慄した。

 クラリーノの背中から……蜘蛛の脚のようなものが。クラリーノは蜘蛛の悪魔って事か? それにしても、あれが彼女の本当の姿、禍々しいにも程がある。


「……く……」

「何を化け物を見るような目で見てるのでしょうか……まぁいいでしょう。動けなくなるまで、遊んでさしあげます」

「ひっ……」


 その後は、もう、本当に酷かった。

 リリィの力が及ぶ訳もなく、ただ無惨に薄皮を切り裂かれ、地面で痙攣するリリィを弄ぶように、貫き、糸で首を絞め拘束する。


 息の出来ないリリィは暴れて抵抗するけど、やがて動きは小さくなり、彼の目の前で無様に失禁。もはや虫の息だ。

 彼も糸に絡まれ身動きがとれない。しかしリリィのピンチに力を振り絞ったのか、糸を切断しクラリーノに突撃を試みた。


「行儀の悪いヒトですね!」

「ゔぁぁぁっ!」


 しかし、それを許す訳もなく、無数の閃光が彼を貫いた。


「あはははっ、無様。醜い醜い醜いっ、可哀想な——様。こんな醜い生き物に誑かされて、あー、可哀想……許せない、許せない、許せない許せない許せない!」


「ゔっ……」


 クラリーノは糸を振り回してはリリィを地面に何度も、何度も叩きつけた。そしてゴミを捨てるように放り投げる。

 無様に転がるリリィの身体は船着場のギリギリで止まった。何故だ、こんな時に何故僕は何も出来ないんだ……


「……事故よ。うん、これは事故よ。不慮の事故でサキュバスも死んじゃいました。そう、それがいいわ。と、いうことで……死になさい? 可愛い坊っちゃんを誑かした罪を償うのよ、サキュバス!」



 ……嘘、だろ……リリィ!!



 逃げろ! そう叫んだ僕が目にした光景、それは、



「……リリィ……君は、逃げ……ろ……クラリーノ……君を、君の存在をっ、削除、す、ゔぁぁぁっ!!!!」


 リリィを庇い、傷だらけの彼が短く詠唱する。すると、無数の魔方陣から飛び出した闇を纏う腕がクラリーノめがけ伸びた。

 一瞬の出来事だった。

 クラリーノは闇に引きずり込まれ、断末魔をあげる事もなく、消えた。


 削除、された。


 しかし、彼の心臓は、彼女が最期に放った閃光に貫かれていた。



「——っ!!」


「……リリィ……ご……めん……やく、そ……」

「待って……行かないでっ!」

「うまれ、か、わ……ま、た、きっと……巡り……あ、……え、」

「いやぁっ!!」



「リリ……ぃ、きみ、……が、す、…」



 嘘だろ? そんな事って。

 彼はリリィの目の前から消えた。暗い海の底に沈み、壮絶な最期を迎えた。



 夜の海に静寂が走る



 そして、視界は暗転



 ……

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