45【リリィの夢④】



 次の場面、そこは大層なお屋敷の前。最初に見たリリィの家も凄かった。伊達に貴族ではない。しかし、この屋敷は別格だ。


 そんな屋敷から少し離れた場所にリリィの姿が見える。塀の向こう側で屋敷をじっと見つめるリリィの表情は少し暗い。尻尾も萎びている。

 見たところ、そこまで時は過ぎていないみたいだ。


 暫く待つと人目の少ない塀をよじ登って外に出る影が見えた。彼だ。

 その姿を見たリリィは尻尾をブンブン振りながら飛び付きたい気持ちを抑えるように頬を染める。


「——っ!」

「リリィ、ごめん……中々脱け出せなくて。メイドのクラリーノが隙をつくってくれて何とか出て来れたよ」

「クラリーノさん、良い人だよね」

「リリィの事を分かってくれるのは彼女だけだよ。俺みたいな魔王候補は中々外に出られないから。特に俺の家は異常だ。英才教育とか言って、朝から晩までずっと訓練。魔王は強くないといけないってね」


 リリィはクスクスと笑い、


「でも……——は優しいから、闘いは向いてないと思う」

「ぐっ……そうだね。闘いはリリィの方が向いてるかも。リリィはサキュバスなのに」

「ちょ、ちょっと……もう、——のバカ!」



 リリィは膨れて見せる。そんなリリィの頭をポンと叩く少し歳上に見える彼の表情は幸せそうだ。頭を撫でられるリリィも尻尾をフリフリ。


 何故だろうか。僕は目を逸らしそうになった。


 あんなリリィの顔、見た事がない。


 そうか。だから勘違いなんだな。リリィには想い人がいる。それなのに僕の従者になってしまって帰れなくなったんだ。

 毎晩の行為も、本当はしたくないんだろう。

 初めての時の……あの表情は、そういう意味だったんだ。屈辱と恥辱の表情。


 リリィは魔界に帰りたいのかも。



 そしてまた場面は変わる。



 また、あの時の海だ。二人のお気に入りの場所みたいだな。夜の砂浜でピッタリとくっついて座る二人の背中を僕はじっと見つめている。

 リリィの尻尾は彼の身体に巻き付いている。リリィの右手に彼の左手が重なる。綺麗な月が出ている。紅い月、こんなのアニメでしか見た事ないな。


 何か話している。



「ねぇ、——?」

「ん?」

「……キスしよっか」

「うん……って、キス!?」

「うん、キス。忠誠の……」


 まだ小学生だというのに、リリィはサキュバスとして生きる事を捨てようとしている。忠誠の誓いはリリィの自由も奪う、つまり彼に絶対服従を誓う儀式。それを自ら申し出るリリィの気持ちは恐らく本物なのだろう。


 本当に、なんだな。


「そ、そんな事したら……リリィ、君は異端者と軽蔑されてしまうかも。大人になるまでは……」

「わたしは……全部あげたいの。……二人でいたい、ずっと、こうしていたい……」


 リリィは大粒の涙を流しては彼を見つめている。泣いてしまったリリィに戸惑ってしまった彼は慌てて小さな悪魔の肩を抱いた。


「……リリィ、一緒に逃げよう。誰にも邪魔されない場所で、……二人で生きよう」

「……え、——!?」

「今すぐ、この海を越えてずっと遠くに」

「……全部、捨てちゃうことになるよ……?」

「リリィ、君は俺に命をくれる。なら俺も、リリィにこの命を、魂をあげる。これで、おあいこだろ?」



 二人が忠誠の誓いを交わそうとした、



 その時だった。

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