25【手のひらのぬくもり】
「つーかまーえた! 漢路君、治療の時間だよ?」
そう言って僕を覗き込むのは何を隠そう我がクラスの委員長、間宮遥香だ。
放課後、一人でいるとこれだ。しれっと追いかけて来るのを撒いていると、いつの間にか人気のない場所に追い詰められてしまう。
「間宮さん、ブレないよね」
屋上に繋がる開かずの扉の前で間宮さんに馬乗りになられた僕は、何とかこの危機を脱する方法をと思考を巡らせる。
「わたしが漢路君を好きな気持ちが、そんな簡単にブレるわけないよ。わたしは漢路君に愛してもらいたいだけ。この身体を愛してほしいの」
この人は、間宮遥香は何故そこまでして僕に拘る。僕の事が好きだからとは言え、もはやその行動が常軌を逸している。
「普通に友達じゃ駄目なの? ほら、暁月や小野みたいにさ。リリィとも仲直りしてさ」
「嫌、いやいや嫌っ! 普通は嫌!」
僕が危険度A間宮さんにエンカウントしているという事は、何処かでリリィもマリアに遭遇しているに違いない。いつまでもこんな事じゃ埒があかない。
間宮さんの真意を理解しないと……
「僕は皆んなと一緒に高校生活を楽しみたいと思ってる。……勿論、間宮さんとも。こんな事しなくても友達になれるよ」
「わたしは漢路君のモノになりないの」
「もっと自分を大事にしないと」
「分かってくれないんだ……やっぱりあの子がいるからなのかな? ……リリィがいるから……」
さて、拒否反応が激しくなりつつある。そろそろ限界だ。
「漢路君はモテちゃ駄目。……漢路君はわたしのモノ。わたしは漢路君のモノ。それなのに、どんどん漢路君の周りに女子が増えていく。そんなの駄目だよ! 漢路君はモテない君じゃないと駄目、わたしだけが漢路君の良さを知ってなきゃ駄目! それを、いきなり現れた貧乳ロリになんか邪魔させない!」
重い。重いよ間宮さん! 体重じゃなく、想いが重い。駄目だ、頭痛が激しくなってきた。
僕に跨り胸を震わせながら必死に思いの丈を伝えてくる間宮さんの姿が霞んで良く見えない。
そんな時、開かずの扉が——金属製の、開くはずのない扉が、ギィと音を立てて開く。
外の光が階段の踊り場を照らす。
今にも委員長に喰われんとする僕を見下す琥珀の光が二つ、逆光の小さな影に浮かぶのが見えた。
「すずき、帰るわよ?」
「お、おう……」
リリィの左手には黒い尻尾が握られている。尻尾の先に視線をやるとピクピクと痙攣するマリアの姿があった。心なしか口元が緩んでいる。
ゼムロスさんの言ってた事は本当みたいだ。マリアはリリィにボコボコにされて悦んでいる。
こうして僕は無事に解放された。
帰り道、リリィはあまり口を開く事はなかった。そして家に帰り、いつものルーティーンをこなす。
……
ベッドで項垂れる僕を横目に、ミルク割りのソレを摂取する悪魔。
「なぁリリィ? 嫌じゃないの?」
「何が?」
「何がって、ソレ、嫌じゃないのかなって」
リリィはカップに残ったモノを綺麗に舐めとり、ちゅるんと吸い込むと躊躇なく喉を鳴らした。
「私、サキュバスよ? だから精○は嫌いじゃないわ。と、言っても……アンタの味しか知らないけどね。安心しなさい、ちゃんと美味しく頂いているから、引け目を感じる事はないわよ?」
本当に何ともないのか?
最初の頃はあんなに辛そうにしていたじゃないか。
『リリィも鈴木の事を主人と認めてるって証だぜ兄弟! そろそろ次のステップに……』
「嫌よ。すずきは一生童貞のまま、私の手のひらで果て続けるんだから。……それが……アンタの罪よ」
『リリィ……お前ってやつは……』
「ゼムロスは黙ってなさい! 使い魔のくせに、いちいち口煩いったらありゃしない」
リリィは布団に包まり小さくなってしまった。窓から覗く空は真っ黒で、吸い込まれてしまいそうな錯覚すら覚える。
『素直じゃねぇな、リリィはよ』
「う、うるさい! はやく寝なさいよ馬鹿!」
暫くするとリリィの寝息が聞こえてきた。どうやらゼムロスさんもリリィの影で眠ったみたいだ。
カーテンが揺れる度にリリィの横顔が闇夜の光に照らされる。
辛くないなんて、嘘だ。
嫌じゃなきゃ、そんな顔して眠らないだろうが。
僕が窓を閉めてカーテンに手をかけた、その時、
『見つけたにゃん、面白いやつ』
コイツは、あの時の影猫……!?
「何しに来た。夜も遅いのに」
『にゃっはは、そう邪険にしてくれるにゃよ。お前、そいつのご主人みたいだにゃ? これでお前がニャァを見て驚かない理由が分かったにゃ』
影猫は後ろ足で自らの首元を掻くような仕草を見せる。そして真っ赤な瞳を僕に向ける。
『にゃっはは! またにゃ……!』
消えた……何者なんだ、あの猫は。
間違いないのはアレが使い魔だという事だけだ。
あの猫の主人はサキュバスなのかな?
「……す、……ずき、のくせ……に……」
リリィ? ……なんだ、寝言か。
ベッドから降りようとすると、僕の左手を小さな手が掴んだ。リリィの手が僕の手を握って離さない。
時計の針は午前零時を指す。
僕はその手を放そうとしたけど、これがまた、中々放してくれないときた。
「す、ずきのく、せに……なま、い……き」
夢の中でも僕にツンツンしてるみたいだな。
もう少しだけ、このままにしておくか。
この手のひらのぬくもりを、僕ももう少しだけ感じていたい。
この気持ちも多分、勘違い、そう一蹴されてしまうんだろうな。
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