26【近付く体育祭】



 今年の体育祭は六月一日、土曜日に行われる。開催までは一週間ほどでクラスも次第に体育祭ムードになりつつある。


「皆んな聞いてくれ! 体育祭に向けて放課後に大縄跳びの練習をしたいんだけど、都合の良い日を聞きたいんだ」


 クラスメイト達に語りかけるのは、今年の体育祭のクラスリーダーに任命された田中だ。

 田中は見た目こそチャラ男だけど、その運動神経を買われて多数決で決定した。因みにサブリーダーは小野礼奈が担当する事となった。


「み、みみ、みんな! 夢咲高のた、たい、たいやき、じゃなくて、そのっ……」


 噛みまくりの小野を見兼ねた田中は、彼女の言葉を代弁するように口を開く。


「夢咲高の体育祭で勝敗に大きく影響される競技、それはラストのクラス対抗リレー、騎馬戦、んで、大縄跳びなのは皆んなも知ってるよな?」

「そ、そそ、そう! その中で練習を出来るのは大縄跳びくらいかなと思って……ど、どどど、どうせやるなら、か、勝ちたいなって思うの……!」


 小野が何とか言い切ると、クラスメイト達がざわつき始める。そして、

「いいんじゃないの?」

「試験のストレス発散にもなるし」

「日時は任せるぞ、こっちが合わせるぞ」

 と、二人の提案に快諾した。


 こうして放課後、出来る限り集まって大縄跳びの練習をする事になった二年A組だった。

 話し合って縄を回すのは男子から太田が抜擢された。言うまでもなく跳べないのと、背も高いのが理由だ。女子からは比較的背の高い小野が選ばれ、いよいよ放課後の猛特訓が始まる。




 いつにも増して人口密度が高いグラウンドの一角で、僕達のクラスも大縄跳びの練習を始めようとしていた。


「すずき、何が始まるの?」


 リリィはあまり状況を把握出来ていないみたい。僕は体育祭とは何か、そして大縄跳びという競技の事を簡潔に説明した。

 体操服のズボンから生えた尻尾を振り頷きながら首を傾げるリリィ。


「ま、まぁやってみれば分かる。とにかく跳べばいいんだよ。太田と小野が回す縄を何回跳び越えられるかの勝負だから」

「わ、わかったわ。跳べばいいのね?」


 掛け声と共に大きく縄が帆を描いた。

 一回、二回、と順調な滑り出しだ。しかし、五回目で誰かが引っかかって縄が止まってしまう。


「ドンマイ〜ドンマ〜イ!」ともう一度縄を大きく振る太田と小野。縄を回す度に太田の腹が揺れているのが目につくけれど、今はそれどころではない。

 気を許すと自分が足を引っ掛けかねないのだから。ただでも僕は帰宅部で運動不足だから、足を引っ張らないようにしないと。


 しかしすぐに縄は回転を止める。

 また誰かが引っかかってしまったみたいだ。僕はリリィの方を見やる。視線に気付いたリリィは僕をキッと睨み付けた。


 尻尾を腰に巻き付けて引っかからないように気を遣っている。隣の暁月と仲良く話しながら穏やかに練習しているのを見ると大丈夫そうだ。

 変態サキュバスのマリアも余裕の表情を見せている。田中は皆んなに「大丈夫大丈夫!」と声をかけ、小野に合図を送る。


 小野は身体をビクッと震わせ、


「じゃぁもう一回いこう! せーの!」


 一回、二回、三……回目を越える事なく縄が止まってしまう。相次いでの失敗に動揺を隠せないクラスメイト達の口から「誰?」「またか?」と声が漏れ始める。良くない空気だな。


 その後も回数が十を越える事なく縄が止まる。

 何度目かの失敗の後一人の女子が田中に言った。


「田中君、多分間宮さんが足を引っ掛けてると思う。私の隣だし、今も……」


 全員が間宮さんに視線をやる。


「ご、ごめんなさい! わたし運動音痴で」


 間宮さんは小さくなってしまった。さっきの女子もそんな間宮さんを見て気まずくなったのか、咄嗟にフォローを入れる。


「間宮さん? ごめんね、そんなつもりで言った訳じゃなくて……その……」


 しかしクラスメイト達の不満もちらほらと溢れ始めた。男子からは、「胸が邪魔してんじゃね?」とか「これだから眼鏡っ娘は」と心無い声も。


 間宮さんはしゃがみ込んでしまった。隣の女の子は必死に「大丈夫、ごめんね間宮さん」と弁解している。見兼ねた田中が、悪態をついた男子に言い寄ると、取っ組み合いまで始まる始末だ。


 僕と太田で何とかそれを制したけれど、場の雰囲気はかなり悪くなってしまった。

 そんな時、暗くなり始めた空に甲高い女の子の声が響いた。


「私よ! 引っかかったのは私の尻尾。間宮遥香のおっ○いじゃないわ!」


 リリィ?


「何よ? 文句があるなら私に言いなさい? ま、その代わり〜潰れても知らないけれど?」


 リリィは細い腰に手を当て、尻尾を左右に振る。

 玉砕を恐れた男子達は鎮まり、その日の練習はここらでお開きとなった。

 リリィは僕を見上げて「帰るわよ?」といつもと変わらない口調で言っては暁月と共に校舎へ。



 その後下駄箱で落ち合った僕とリリィは靴を履き替えていた。僕は背伸びして下駄箱の扉を閉めようと奮闘するリリィを見て、扉を閉めてあげた。


「ふん、気付くのが遅い。それでも私の主人?」

「はいはい悪かったな。それにしても意外だったな。リリィがあんな事言うなんてさ」

「……何のことよ?」

「間宮さんの事を庇って悪役を買って出たんだろう? いいとこあるなと思って」


 リリィは靴を履き終えると、


「事実を言ったまでよ。最後の失敗は飛んできた蝶に驚いた私の尻尾が縄に引っかかったんだから」

「わかったわかった、そういう事にしておくよ」

「ふん、すずきのくせに。まぁいいわ、帰りにアイスを奢りなさい?」


 リリィは僕を見上げて尻尾を振る。


「いいけど、ちゃんと溶ける前に食べろよ? いつもいつも溶けて残念な事になったアイスの残飯を処理する僕の身にもなってくれ」

「私のペロペロした残りなんだから喜んですすりなさいよ、童貞なんだから」




 ——

 こうして放課後の練習を始めて数日が経ち、いよいよ体育祭も二日後に迫る。

 騎馬戦のペアも決まり、クラス対抗リレーのアンカーも決まった。因みに騎馬戦はクラスの男子全員と数人の女子が参加する。


 男子の組む騎馬に女子が乗るスタイルだ。因みに僕のペアはクラスの男子二人とリリィの四人。

 田中のペアに小野、太田の馬には暁月が乗る事になった。その他二組、合わせて五組の騎馬で挑む事になった。


 クラス対抗リレーでは、体育の授業で驚異的な走りを見せたリリィが女子のアンカーに決まった。そして最後を任されたのが、


「よ、鈴木! ラストは頼むぜ?」


 田中が僕の肩を叩く。そう、アンカーは僕に決まった訳だ。


「スズキングの走るところ見るのは中学の時以来だね〜!」


 そうか、暁月とは中学も同じだったな。


「脚の方はどうだ? 何とかなりそうか?」と、田中は少し心配そうに言った。


「大丈夫だ、本番で一回走るくらいなら何て事ないよ。ただ、続けて走るのがキツいだけだし、陸上辞めてからは安静にしてるから」



 僕は小、中と陸上部に所属していた。自分で言うのも何だけど短距離なら誰にも負けない自信があった。でも、三年の時の地区予選で僕は怪我をした。医者には治るまでは走れないと言われ、僕の中学最後の大会は終わった。


 今でも脚は完全じゃない。高校入学した後、先輩達から陸上部への勧誘を受けたけど、僕は断って今に至る。


「ふ〜ん? アンタにそんな特技があるとはね。私がトップでバトンを繋いであげるから、何としても死守しなさいよね?」


 リリィも何気にやる気満々みたいだな。


 問題は大縄跳びだ。

 練習は何度かしたけど回数が伸びない。間宮さんは跳ねるのが苦手みたいで女子達に慰められながら頑張っている。

 あれだけ立派なものが実っているのだから仕方ないのかも知れない。跳ぶ度に胸も跳ねるのだから、向いていないにも程がある。


 どうにかならないものかな。


「すずき? アンタはお人好しね。いつもあの女に迷惑かけられているのに、そんなに気になるの?」

「いや、やっぱり可哀想だし。慰めてる女子達だって内心は……」

「内心は、またか、って思っているでしょうね。良い子ぶっているだけよ、あんなのは」


 それでも僕は何とかしてやりたい。ここ最近は悩んでいるのか僕にちょっかいすら出してこないのだから、流石に心配になってしまう。


「わかったわ、こうなったら秘密の猛特訓よ? マリア? アンタも手伝いなさい?」


 リリィは教壇に座って尻尾をフリフリしているマリアに声をかける。マリアは大きな翡翠色の瞳を輝かせて僕の机まで跳躍して、ストンと着地した。

 スカートがフワッとなびき水色の下着が見えたのは心の中にしまっておく。


「リリィ! キミからボクに声をかけてくれるなんて! ボクの出来ることなら何でもするよ!」


 僕におしりを向けて尻尾をブンブン振るもんだからたまったものじゃない。

 リリィは小さな胸をピンと張ると、ゆっくり尻尾を振りながら腰に手を当てる。


「すずき、アンタも手伝いなさい? 今日は近くの公園で特訓よ!」

「わ、わかった……間宮さんには僕から声をかける事にする」




 そして放課後、秘密の猛特訓が始まる。

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