70【好き】



 僕はとにかく動き回りながらプォンの懐に入った。そして人生で二度目のパンチを腹に打ち込んだ。

 手応えはあった。しかし、


「貧弱な奴でござるっ!」

「ぐ……き、効いてないのか!?」


 コイツの腹、思ったより硬い?

 いや、硬化させたんだ。パンチが当たる瞬間に。だって揺れてるんだもん今は……硬い訳がない。


「吹き飛べでござる雑魚が!」


 何だ、この衝撃は!?

 身体が押し返される。視界が回転する、どうやら僕は地面を転げているみたいだ。あちこち身体を打ち付けて痛い。

 やがて回転が止まり視界は夜空を映し出した。心配そうにそんな僕の顔を覗き込むのは瞳に涙を溜めるリリィだ。


「馬鹿、殺されちゃうわよ!?」

「……く……そ……まだまだ……」

「でも、かんじ、ありがとう。気持ちだけでも嬉しいから無理はしないで」


 くそっ……身体が痛くて立てない。ゼムロスさんのいない今、リリィはソウルイーターを使えない筈だ。いくらリリィでも大人の悪魔に勝てるとは思えない。

 助けないと……僕が……


 手を伸ばそうとするけれど、それすら叶わない。


 リリィは素手でプォンの野郎に攻撃を仕掛ける。

 身軽なリリィが繰り出す華麗な攻撃をプォンはいとも容易くかわしていく。そして遂にリリィの拳を受け止める。


「……ゔっ……はな、せっ!」

「ござるござるよ、非力でござるよ。某は君の主人でござるよ?」

「い……だ……ぃっ……」

「ほれほれ、このままだとその小さな拳が潰れてしまうでござるよ〜?」

「ゔぁっ……っ……!!」


 リリィ……動け、動け、僕がリリィを守るんだ。こんな所で寝てる場合じゃないってのに……


 ……なんで、動いてくれないんだっ……!


 リリィが反対側の拳を振りかぶる。しかし、すぐにもう片方の手に拘束され両手を塞がれてしまう。指の骨がきしむ音が聞こえる。

 そんな時、リリィが地を蹴り上げた!


 そうか、膝蹴りだ。両手が塞がっているのはプォンの野郎も同じ。つまり今は玉砕する絶好のチャンスなんだ。リリィはそれを狙っていたのか?

 やれる。あれをまともに喰らって無事な奴なんていない筈だ。ましてや男なら!


 リリィの膝がプォンの股間にジャストミート!




 ……した筈だった。


「……えっ……そ、んなっ……!?」

「何がしたいでござるか、そうか、某と絡まり合いたいでござるか。可愛いでござるな、しかし、少し説教が必要みたいでござるなぁっ!!」


 殴打。殴打。奴の背中から生えた六本の腕が身動きの取れない少女を……リリィを文字通り袋叩きにしている。容赦なく、腹を、顔を、何度も殴り続ける。何かが砕けるような鈍い音と打撃音が僕の脳に流れ込んでくる。


 やめろ、やめろ、やめてくれ……!


「……ぁぅっ……」


 めちゃくちゃに殴られて動けなくなったリリィを、まるでゴミを捨てるかのように投げ捨てるプォン。リリィは何とか倒れずに崖の前で踏みとどまった。しかし虫の息だ。気迫だけで立ってるんだ……


「君にはお仕置きが必要でござる。とりあえずはこの場で四肢をもぐか。従順になったらまた元通りに直してやるでござるよ。某の知り合いに頭のネジが飛んでしまった医師がいるでござるから、身体を作り直すくらい容易でござる。つまり、何度半殺しにしても問題ないのでござるよ」


 そんな事、させる訳には……頭のネジが飛んでるのはお前だろ。

 しかし無情にも奴の腕が刃となってリリィの腕を落とさんと迫る。




 ……痛っっ……ぬがぁっ!



「ゔぁぁぁぁぁっ!!」


 痛い痛い痛い痛いっ……腕がっ……腕から血がっ……これ、僕の血か……!?

 視界がボヤける……僕はどうしたんだ!?

 目の前には……プォン……後ろに……リリィがいる……そうか、身体、動いたのか……


 でも、左腕が凄い事に……切断はされてない。かすっただけか。でも……血が……止まらない。斬られたっ


「貴様、そんなに死にたいでござるか。なら、そのサキュバスの目の前で無様に死ぬでござる。某の刃で斬り刻んで海に捨ててやるでござる。貴様のようなゴミは魚の餌がお似合いでござるよ」


 痛い痛い痛い痛い痛いっ!


「さようなら、人間。貴様が死んだ後、この場でリリィを汚してやるでござる。貴様の肉片を眺めながらどんな声で鳴くか楽しみでござるな〜!」


 殺される、殺される、殺される……


「……死ね……!」



『兄弟っ、リリィ!!』

「はっ、ゼムロス!?」

『すぐにゲートを開けるぜ、だから……』

「ゼムロス……かんじを……かんじをお願い……」

『何言って……リリィ、お前も……』

「駄目……逃げてもまた……だから、かんじだけでもっ!」


 リリィ、何言ってるんだ?

 なんで僕の身体を押すんだ?

 海に、落ちてしまうだろう?

 なんで、そんな顔するんだ?


 一緒に……クリスマス……



『チックショー兄弟っ!!!!』



 この声……えっと……誰の声だっけ……ノイズだらけでよく聞き取れない。

 それよりリリィだ。手を……


 何か、言ってる。聞こえないけれど……口元と表情を見れば……今の僕でも……分かる。


 僕も……同じだ。リリィ……リリィ……



 …………


 ……






 気が付いた時、僕は体育倉庫にいた。時間はあれから五分ほどしか経過していない。

 腕は……痛まない。血も止まってる。そうだ、跳び箱……リリィを助けに行かないと。




 ……そんな……



「……ゲートが……ない……」


 ……護れなかったのか?


 僕は叫んだ。それと同時にチャイムが鳴る。涙が止まらない。いくら叫んでも叫び足りない。悔しくて悔しくて仕方ない。こんな終わり方……



 こうして、僕とリリィの性春は終わり、何事も無かったかのように時は過ぎ、



 時は十二月。


 そう、冬が来た。

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