71【???】※



 ……


 あれから二ヶ月程経った十二月、漢路は学校からの帰路についていた。いつもの駄菓子屋の前を通る。しかし、駄菓子屋は秋頃から閉まったままだ。

 漢路は詳細を知らないが、噂では色々と囁かれている。今、彼にとってそれはどうでもいい事なのだ。


 リリィを失ったあの日から、漢路の世界は色を失ってしまったのだから。


 友人の田中や太田、女子組の暁月、小野、そして間宮遥香とも距離を取る始末だ。理由の分からない皆は彼が立ち直るのを待つしかなかった。皆、サキュバス達の事を憶えてもいないのだ。


 しかし、胸の何処かで引っかかるものがある。誰もがそう感じているのは確かだ。


 遥香は共に下校中の海月と礼奈に言った。


「……ねぇ、わたし達……何か大切なことを忘れてないかな」

「奇遇だねマングローブ。あたしも同じこと考えてた。というか、ずっと胸がモヤモヤするんだよ」

「そ、そうだね……でも、それが何か……」


 今にも雪が降りそうな空を見上げ、遥香は言葉を漏らす。


「……もうすぐクリスマスなのに……わたし達ってモテないのかな。あ、礼奈ちゃんは田中君とデートなんじゃない?」

「そ、そそ、そんななっ……そ、うだけどっ」


 海月は礼奈の脇腹を指先で突き、


「一人だけズルいぞ〜……仕方ない。今年はマングローブの家で過ごすかな……はぁ……」

「ちょ、何を勝手に決めてるの。それにわたしはマングローブじゃないし、最後のため息は余計よ。で、ケーキはイチゴ派、それともチョコレート?」

「ん〜、両方だな」

「……その手があったわね」




 そして冬休み、時にして十二月二十四日の夜。



 漢路は一人部屋で天井を眺めていた。天井を眺めるのが今の彼の日課、ルーティーンと化していた。

 その日は雪が降る程の寒さで、外は既に銀世界。これだけ積もるのは珍しいだろう。漢路は窓の外を眺める。ふと窓を開けてみると冷たい空気が部屋に流れ込んでいく。


「……寒っ……クリスマスとか暇だし、何か映画でも借りて過ごすか」


 漢路は上着を羽織りネックウォーマーを装着。手袋はせずに家の外に出る。吐いた息はすぐさま白くなり冷たい雪が顔に降り注ぐ。

 冷たさに目を細めた漢路は雪の積もった地面を踏みしめて近くのレンタルショップへ向かった。


 しかし、彼が無意識に向かったのはレンタルショップではなく学校だった。

 導かれるように歩く。着いた場所は……


「ここは……体育倉庫」


 しかし鍵は閉まっている。当然だ。諦めて帰ろうとした時、漢路の視線に半分開いた窓が映る。誰かが閉め忘れたのだろう。

 漢路は周囲を見回し、誰もいないのを確認して中に入って行く。中は外より少しばかりあたたかい。


 彼の向かった場所は言うまでもなく跳び箱の前だった。


 この二ヶ月、何度もここを訪れた。

 そして今日も導かれるままに、この場所へ来てしまった。


「……っ……」


 漢路は両手で一番上の段に手をかけた。その時だった。一番上の段が跳ねるように飛び、漢路の顎に直撃した。星を見た漢路は仰け反りながら数歩後退り跳び箱の方に視線を戻す。


「……あ……」


「……ひ、久しぶり……」



 ——跳び箱から、女の子が生えていた。



「リリィ……」

「……うん……かんじ……」


 リリィは跳び箱から出ない。漢路は目を丸くしてそんなリリィを見やる。


「ジロジロ見ないで……」

「リリィ……」

「そんな顔しないで。約束したから……デート。まだ、間に合うかな?」


 漢路は頷きリリィに手を伸ばす。

 リリィはその手を取り、跳び箱からマットの上に降り立つ。気持ち、身長が伸びているように見える。


「かんじ……ただいま」

「おかえり、リリィ」


 取り憑かれたように夢中で抱き合いお互いの体温を確かめ合った二人は、やがて見つめ合うと、


 キスをした。今度は漢路の方から。


 リリィは漢路の腰に手と尻尾を回し、それを受け入れる。二人は唇を離しては照れくさそうに笑った。



「ふふっ!」

「な、何がおかしいんだよ……リリィ……」


「契約完了、かんじ、今日からアンタは私の従者よ!」


「し、しまったぁぁっ!!!!」


 まんまと従者契約をされてしまった漢路は思わず叫んだ。ひとしきり叫び、笑顔で言った。


「ま、今までと殆ど変わらないか!」

「ふふっ、そうね。これでかんじは私のモノ、かんじが童貞を卒業出来るかどうかは私の気分次第ってことね」

「マジか、そ、そこを何とかっ……結構我慢したよ僕!?」

「どーしよっかな〜?」フリフリ


 漢路は意地悪く笑うリリィを捕まえようとする。それをリリィはヒラリとかわし舌を出した。


「捕まえられたら考えてあげてもいーよ?」

「よーし、言ったぞリリィ」

「サキュバスに二言はないわ、ほら、こっちよ!」

「絶対捕まえるからな!」

「うわ、必死じゃない落ち着きなさいよっ!?」


 漢路の凄まじい勢いに怯んだリリィの背には壁が。もはや避ける術はない。


「オーダー!」

「ぬあっ!?」

「……ふっふっふ、危ない危ない。そうだ、おすわりっ!」

「ぐはぁっ!!!!」


 漢路はオーダーによりおすわりを強要される。


「待て!」

「ぬぐぐぐっ……」


 リリィは漢路を魅了しながら楽しそうに笑った。尻尾を上機嫌に振りながら頬を紅潮させ、無邪気に笑う。これは漢路からすれば地獄だ。


「よし、解除!」

「リリィーー!!!!」

「きゃぁっ、かんじっ!?」


 解除した途端に漢路はリリィを取り押さえ壁ドンを決めた。あの頃、女子に決められた壁ドン、もとい跳び箱ドンを今、リリィに決めたのである。


「ひ、必死過ぎっ……」

「……ご、ごめん……つい……」


「……明日……デートが終わってからなら……い、いいわよ……?」

「……え? いまなんて?」


 ————玉砕っ!!!!


「き、聞きなおさないでよっ、馬鹿!」

「ゔおぉ……」


 リリィはマットの上でのたうち回る漢路に跨り耳元で囁く。


「だから今はこれで我慢ね」





 ————————!!!!





 手○キから始まった二人の性春は、


 まだまだ始まったばかり。




 ——————これからが本番、









 余談だが、リリィが助かったのにはこんな経緯がある。あの時、ゼムロスのゲートに漢路が吸い込まれた後直ぐに現場へ駆け付けた存在があった。


 リリィの父、


 オセロー=ホイップ=ラ=ショコラティエ、


 怒り狂った彼がオールドファッション家の次期当主、プォン=デ=リングー=オールドファッションを討ち滅ぼしたのだ。

 無論、彼は重罪犯として魔界刑務所へ収容された。別れ際、彼はリリィを勘当すると宣言。親子の縁を断ち切った。


 それは不器用な彼なりの、精一杯の愛だったのかも知れない。

 いや、償い、か。







「うわっ……リリィ、もうっ……」




 ————昇天!!!!!!!!!!!






 71【サキュバスちゃんは《処女》を捧げない】





「ごちそうさまっ!」





 ——————おしまい。

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