69【ポン・デ・リング】


 夜な夜な走り続けた僕達は、いや、僕以外は飛んでたけれど、それは置いておき、夜な夜な走り続けた僕達は遂に敵陣へ到着した。


 オールドファッション家の屋敷に突撃する時が来た訳だ。

 マリアとココが先陣を切って暴れ出したようで、敷地内は騒然としている。

 僕は女装状態なのもあり来賓に紛れながら屋敷に侵入する事が出来た。


 向こうでマリアがガードマンを魅了している。僕に気付いたマリアは先に行けと目で合図を送ってくる。僕は頷き先を急ぐ事に。


 とにかく広い。何処にリリィがいるのか。

 あそこのガードマンに聞いてみるか。危ない賭けだけど、やるしかない。


「あの、式はどの部屋で行われているのですか?」

「む……麗しきマドモワゼルよ。式ならこの奥の大広間で行われるぞ。間も無く契約の儀式が始まるんだが、何者かが屋敷に攻撃を仕掛けて来ているようだ。君も気をつけるんだぞ」

「あ、はいっ……ありがとうございますっ!」


 う……マドモワゼルじゃねーよ。結果的に役に立っているけれど。そんなに女に見えるのか? ま、優しい悪魔で良かった。

 ちょうど目の前に鏡があった。僕はそこに自分の姿を映してみる。


「…………」


 新しい世界が開きそうなのを死ぬ気で押さえ込み、僕はこの先の大広間を目指した。


 しれっと中に入ると凄い数の悪魔達がひしめき合っていた。視線の先にはリリィがいる。

 真っ白なウェディングドレスに身を包んだリリィの姿に一瞬、心が奪われそうになった。魔界でもドレスは白なんだ。

 で、リリィの目の前にいるのが婚約者か?


 ……おっさんじゃねーか!!!!


 そんな事を考えていると、進行役の眼鏡が、


「それでは、新郎新婦の契約の儀式を」


 会場が静まり返る。儀式って……まさかキスか?

 そうか、この場でリリィからキスをさせて従者にするんだ。止めないと……でも……

 その時だった。


『ひゃっはぁ〜!!!!』

『にゃらっしゃ〜!!!!』

『グエッヘーイ!!!!』


 使い魔達か!

 ゼムロスさんが所構わず超音波を放っている。真黒も猫パンチで、クロウはフンを降らせている。因みに僕にまでかかってるからね、ちゃんと狙えエロガラス!


 でもこの混乱なら……

 僕は慌てふためく悪魔達を掻き分けリリィとおっさんのいるステージに上がった。すると進行役の眼鏡が僕を止めようと乗り出して来た。


 殴りました。


 眼鏡は見事に割れ、進行役は鼻血を噴き出してステージから落下した。


「リリィ!」


「……か……んじ……?」


「行こう……ここから逃げる。皆んなが暴れている内に早くっ!」


「……なんで……来ちゃうのよ……」


「いいから早くっ……!」


「む、無理よ……だって……」


「来い、リリィ!!!!」


 僕は戸惑うリリィの手を取った。リリィと目が合う。琥珀色の綺麗な瞳は僕を真っ直ぐに見つめている。リリィは小さく頷いた。


 しかし、


「何者でござるか貴様……某の女に気安く触れるなでござるでゴンザレス!」


 くそっ……コイツを何とかしないと……って、ゴンザレスってなんだ!? 魔界のツッコミどころの多さ何とかしてくれ!



 ————玉砕っ!!!!!!!!



「ぬがぁぁぁっ……で、ござるぅっ!?」


 あー、やっちまったか。だけどそれでいい。僕はリリィを抱き上げる。


「きゃっ、ちょ、かんじ!?」

「そんな格好じゃ走れないだろ?」

「……馬鹿……かんじこそ何よ、その格好」

「これには色々と事情が……そんな事より、月哭きの海、分かるか?」

「うん……かんじ……?」

「話は後だ。道案内頼むっ!!」


 僕はステージ上で悶絶中のプォンを踏みつけながら屋敷の外を目指した。ガードマン達が襲い来る中、器用にかわしながら一直線に外を目指す。

 ゼムロスさんや使い魔達の援護のおかげで何とか包囲網を抜ける事が出来た。


 廊下を走り抜けて玄関から外に飛び出すとマリアとココがギリギリの戦いを強いられているのが見えた。相手の数が多過ぎるんだ。


「二人共っ……!」


「い、いいから気にせず進め漢路〜っ……ふぇっ……は、はやくっ……」

「きゅーん……」


 くそっ、二人とも捕まったか!?


 マリア、ココ……ごめんっ無事でいてくれよ! 僕は僕のやるべき事をやるんだ。


「か、かんじ……」

「リリィ……皆んなリリィの為に動いてくれた。そして僕はリリィを連れ出す役目なんだ……だから……行くぞ!」

「……う、うん……ごめんねマリア……ココ……」


 遠目に二人がお尻ぺんぺんの刑に処される光景が見えたけれど、




 脱出、





 ——成功っ!


 屋敷の外に出た。僕は全力で走り抜けた。リリィの案内で月哭きの海を目指す。後はそこでゼムロスさんの帰りを待つ。


 それで帰れるんだ。



 月哭きの海。


 そこに着いた頃には日が暮れはじめていた。走り過ぎだろ、普通に。身体はガタガタだ。


 僕とリリィは海を眺める。二人隣同士で、僕の右手はリリィの左手を、リリィの左手は僕の右手を。


「ゼムロスさんが来るまで話でもしようか」

「そ、そうね……かんじ……あの、来てくれてありがとう」

「あ、当たり前だろ、僕はリリィが好きだから。漢として、助けて当然だよ」

「……うん」

「そうだ、人間界に帰ったらそろそろ冬だ。人間界にはクリスマスってのがあるんだ」

「クリスマス?」


 リリィは首を傾げては大きな瞳を瞬かせる。


「そう、恋人同士がデートするのにもってこいのイベントだよ。綺麗なイルミネーションも見られるぞ?」

「かんじと……デート?」

「ま、まぁ……リリィがいいのなら……」

「うん、楽しみ!」


 僕はリリィと約束を交わした。

 クリスマスにデートをしようと、ごく普通の、恋人同士の約束だ。


 しかし、かなり暗くなってきた。ゼムロスさん、遅いな。






「……見つけたでござるよ……」





 一瞬、


 背筋が凍るような感覚が僕を襲う。


 聞こえて来たのはゼムロスさんの声じゃない。


 僕とリリィの目の前に立ちはだかるのは、

 オールドファッション家次期当主、

 プォン=デ=リングー=オールドファッションだ。


「さっきはよくも踏み付けにしてくれたでござるな……クク……ここは人気が少ないでござるな。叫び声も誰にも届かない……好都合でござる」


 プォンの野郎、キレてるな。只ならぬオーラを感じる……これが悪魔の本気の力、か?


「くそっ……リリィ、下がってるんだ」

「馬鹿、かんじにどうにか出来る相手じゃないわよ。ここは私がっ……」

「駄目だ……!」


 ゼムロスさん……くそっ……何してるんだ……!

 時間を稼ぐんだ。勝てる相手じゃないのはわかっている。だからって……


「いつまでも守られてばっかでいられるかぁっ!」


 策はない。とにかく動いて時間を稼ぐ!

 こんな所でゲームオーバーになってたまるか!


「ちょ、かんじ!?」


 リリィがドレスを踏んでつまずいてるけど、今はそれより目の前のドーナツ野郎だ!


「こんの、ポン・デ・リングがぁ!」


「プォンでござるぅっ!!」


 知るかよ。ポン・デ・リングかオールドファッション、どっちか一つにしろっての!

 ……気持ちは分かるけれど。

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