56【開演時間】



 お化け、否、目の前の巨体の正体はココの父親兼従者だった。そのおぞましい容姿からは考えられない丁寧な物言いは正に神対応、もとい悪魔対応。

 それじゃ意味が分からないか。何はともあれ、お化けではなくココの父親だったって話、それだけの事だ。


 僕とココパパが外に出ると丸く絡まったサキュバスが二人、廊下に転がっていた。


「……お、遅かったわね……かんじ……」


 泣きべそかいて言う言葉じゃぁないよな。


「パパ……な、なんでこんな所に入ったのひょ!」

『落ち着けにゃ、のひょ、はにゃいだろにゃ』


 相変わらず真黒まぐろはすかさずのツッコミだな。大変そうだな色んな意味で。


「おぉ、愛しのココ。こんなところで丸くなっていたのかい〜。あんなお化けの何が怖いのさ。さ、パパと他も見て回ろうか?」


 アンタが言うな、アンタが!

 アンタが一番怖いよ、あの暗闇ならアンタが一番怖いよっての。


「ふんだ、パパなんて嫌いらもんっ……リリィ、一緒に回りましょう?」

「え、えと、わ、私はっ……」

「いいからいいからっ、行くのっ!」

「あ、かんじ、あ〜れ〜!?」


 あー……行ってしまった。サキュバスが二人、僕とお化けを廊下に残して去ってしまったのだけど、僕はどうすればいいのだろうか?


「ぬごぁぁっ、ココ〜!!!!」

「ちょ、叫ばないで下さいって!?」


 どーしろってんだ、この状況……

 と、とにかくお昼の公演まで何とか凌ぐしかないか。とはいえ、何を話すよ。

 と、そんな思考を巡らせていると、ココパパが徐に口を開いた。


「君は、確かリリィちゃんの主人になった人間だよね。……おほん、どうだい、リリィちゃんとは?」


 な、何を言い出すかと思えば……


「べ、別に……普通に付き合ってる、みたいな」

「普通に、ですか。そうですか。君は彼女が悪魔だということは知っているよね。ワタシは人間だとか、悪魔だとか、主人、従者なんて種族や肩書きには拘らないタイプなんだけど……」


 まぁ、そうでしょうね。娘の従者になっちゃうくらいだしね。


「でもねぇ君。それをよく思わない悪魔もいるって事、肝に銘じておきなさい」

「そ、それってどういう……」

「遅かれ早かれ、事は起きる。その時、君の覚悟が問われる事になるだろう。……憐れみだけで彼女を拘束しているとしたら、君は……間違いなく……」



 ——————スルコトニナル——————





 昼休憩後。教室。

 午後からの出し物の最終チェックに追われるクラス一同。いよいよ本番か。ヤバい、緊張してきた。

 緊張してきたのもあるけれど……


 ……さっきの言葉……僕は……


「かんじ?」


 あの言葉の意味は……


 それに僕はリリィの事を本当に……


「ちょっとかんじ、そろそろ舞台裏に移動するわよ?」

「あ、悪い……すぐ行くよ」


 あー、もう今は考えるな。

 今は劇を成功させる事を考えるんだ。




 舞台裏に集まった僕達はセリフのチェックをしながら開演を待っていた。そんな僕達の前に天使と悪魔に扮した二人のヒロインがやって来た。


 白い肌、ふんわりショートヘア、女性的な丸みのあるフォルム、そんな天使間宮さんの姿にクラスの皆んなも息をのんだ。

 間宮さんって、やっぱり可愛いな。


 しかし悪魔人気も負けていないようだ。

 いつしか間宮さん派とリリィ派に男子はわかれてしまってたようで、期待を裏切らないリリィの悪魔的コスはピッタシの一言だった。

 男子からの視線に頬を赤らめるリリィは尻尾をピンと立てては少し膨れてみせた。そして男子は即座に縮こまる。


 僕はそっと外の状況を覗いてみた。で、後悔した。外は思った以上の観客で賑わっている。


「……ちょっとかんじ?」

「あ、リリィか。緊張してるのか?」

「ま、まぁ……そりゃ緊張くらいするわよ。……ね、ねぇかんじ……?」


 リリィは僕の目を真っ直ぐ見つめると、言葉を続けた。


「……アンタの事、信じてるから」


「……え?」


「さ、始まるわね。お互い頑張りましょ、かんじ!」


 何だよ。


 遂に始まるか……緊張でセリフが飛ばないように気を付けないと。

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