42【リリィの夢①】




 とりあえず今は居なくなったリリィを捜す事を優先しよう。確かゼムロスさんが船着場の方だって言ってたな。


 それにしても……あのゼムロスさんの物言い、リリィの異常な態度、——真実って何だよ。


 僕とリリィがあの日、体育倉庫で出会ったのは単なる偶然のはず。正直、あの時は助かったけれど。

 それを考えると間宮さんも丸くなった気がする。多分、体育祭の一件辺りから。胸が丸くて大きいのは変わらないけどね。


 おっと、馬鹿な事を考えている内に船着場に着いてしまった。


「……あれは……リリィか」


 黒い小さな影が見える。船着場の一番先の方でちょこんと座っている。尻尾はまだぎこちない動きで左右していた。

 そのシルエットで、そこに居るのがリリィだと一発で認識出来た訳だ。……とりあえず、話しかけてみるか。



 僕はゆっくりと歩き、ワザと咳払いなんかしながらリリィのいる船着場へ足を運んだ。

 尻尾の揺れが止まる。


「……何よ……」


 声は少しばかり震えている。本当にどうしたんだろうか。いつもの強気なリリィが見る影もない。


「皆んな待ってる。バーベキューもそろそろ初める頃合いだろうし戻って……」

「……嫌。……私はここにいるわ」

「何があったんだよ……さっき言ってた事、どういう意味なんだ?」

「アンタには、関係ないわよ……!」

「ない訳ないだろ……あの言い方。僕の体質と、リリィと、何か関係があるんじゃ」


 リリィの尻尾がピンと張る。


「話してくれないか、リリィが此処人間界に来た理由。まだ聞いてなかったし、ただの家出ではないんじゃないの?」


 暫しの沈黙、その後、リリィは振り向かずに小さな声で言った。


「家出は嘘じゃないわ。……私は、この夜の海が嫌い。思い出したくない記憶が蘇ってくる」

「記憶……」

「私は夢魔、それ以前に淫魔よ。サキュバスってのは本来、所構わず性行を謳歌する生き物。それをそうと容認する者の方が魔界には多いわ。私達より厄介な種族は山ほどいるから

 ……でもね、私達もサキュバスである前に、一人の女よ。……私はね、皆んなより早かっただけ。

 ……ただ、それだけなのに……」


 声は掠れてしまう。少し息を吸い込んだリリィは更に続けた。


「……アンタは……私のことなんて微塵も憶えてない……当たり前のことだけど。馬鹿みたい、私だけがずっと……ずっと……」


 振り返ったリリィの顔は涙に濡れてぐしゃぐしゃになっていた。


「いいわ、教えてあげる。私がここに来た理由、私の過去、アンタの体質のこと、全部、もう確信に変わってしまったから

 ……こっちに来なさい?」


 そう言ってリリィは手招きをする。僕は何がなんだか分からないまま、リリィの前に立った。


「馬鹿、座りなさいよ」

「お、おう」

「今からアンタに、夢を観せてあげる」

「ちょ、リリィ!?」


 リリィは僕を抱き寄せ小さな胸元に押し付ける。


「私のおっ○いで夢が観れるだから、か、感謝しなさいよね?」

「……い、いや……おっ○いはないだろ!?」


「い、今……何か言ったかしら……」


「いやだからおっ○いなんて大層なもの……」


「ぶっ殺すっ!!!!」


 この後、僕は数分の記憶を失う。

 気が付いた時には、何故かリリィの膝に頭を乗せて横になっていた。


「……ん……リリィ……?」

「黙って、目を閉じなさい。はぁ、そこはアイツの特等席なんだからね……」


 そこ、太もも?

 ……あぁ、この膝枕の事かな。


 アイツって、誰だ?


 駄目だ……何だか急激に睡魔が。


 寝てる場合じゃないんだけどな……


 な、何か聞こえる。




「ごめん、私、アンタの気持ち……受け止めてあげられないのよ……アイツの所為で……


 ……アイツの存在が……



 …………だから、私なんて好きにならないで」





 …………ここは、何処だ…………

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