64【漢の路】



 ……声が聞こえる。誰の声だ?

 僕は、何をしているんだ?


 記憶がぼんやりしていて、よく思い出せない。


「……ん……」

「漢路君っ?」「鈴木君っ!?」


 あれ……間宮さん、それに……暁月……?

 二人は僕の顔を覗き込むような体勢。どうやら僕は横になっているようだ。

 周りを見渡してみると田中や太田、小野もいる。


 ……いつものメンバーだ。


 そう、いつもの……


「良かったぁ、漢路君文化祭の途中でいきなり居なくなって……捜したら屋上で倒れてるんだもん……心配したよ……」


 あー、間宮さん。今日も可愛いな。


「鈴木ング閣下、何か悩み事でもあるのかな……な、何でも相談に乗るぞ?」


 暁月……いつも優しく明るい。


「劇の主役のプレッシャーがキツかったのか?」


 田中か。いや、そういう訳じゃないんだけど。


「あ、ああ安心してっ……何とか下は収集がついたから。気にすることないよ?」


 空手部の小野。強いのにいつもオドオドしてる。


「でも、鈴木君が無事でなによりだよ、ブヒ」


 ……肉の太田。優しい力持ち。絵が得意。



「皆んな……ごめん。少し疲れてたみたい。長い夢を見てたようで身体のあちこちが痛い」


 僕がゆっくり身体をおこすと間宮さんが手を伸ばしてきた。僕はその手を取り、強く握った。

 立ち上がると暁月が肩を貸してくれた。密着度が高い。まさに両手に華の状態だな。

 身体が痛い……僕は……




 ……僕はここで、何をしていたんだろうか?






 ……


 文化祭も終わり、打ち上げは後日ということで帰路についた僕は、いつものように一人見慣れた町を歩く。いつもの茶トラ猫、駄菓子屋、古びた商店街に夢咲には不釣り合いな大型ショッピングモール。

 いつもと変わらない風景だ。


「……あれ?」


 いつの間にか僕は、家とは逆の方向に歩いていた。

 僕の目の前には……小さなゲームセンター。

 ……デビルダム、か。そういえば最近は来てなかったな。でも、何で来なくなったんだろうか。

 久しぶりに少し入ってみようか。



 ……


 中は機械音で騒ついている。とはいえ、客も少ないし耳を突く程ではないのだけれど。

 心地良い雑音、と言ったところかな。


 視線にはUFOキャッチャーが見える。この店にUFOキャッチャーは三台しかない。某戦闘民族のフィギュアが転がる筐体、ファンシーな色合いのぬいぐるみが詰め込まれた筐体、

 ……そして不気味なキャラクター、鎌を構え、正直可愛いとはかけ離れた存在の熊。


「……っ!」


 な、何だろう……この人形……どこかで……


 少し歩くとゾンビを撃ちまくるシューティングゲームでエキサイトする中学生と目が合う。僕はすぐに目を逸らし、更に奥へと歩を進めてみた。


「……これって……プリクラ、だな」


 今日の僕はどうかしてる。

 何故なら……


『はーい、好きなフレームを選んでね!』


 男一人でプリクラを撮影しているのだから。相当疲れてるんだな。店員も痛い目で僕を見てくる。

 排出された写真には当然、僕が一人映り込んでいた。我ながら何て浮かない顔をしているのだろうか。……帰ろう。



 ……


 家に着くと母さんが夕飯の支度に追われていた。


「漢路、もうすぐ出来るから着替えたらすぐに降りて来ること」

「あぁ、分かった」

「文化祭、どうだった?」

「ん、うん、楽しかった、よ」

「そう、なら良かったわ」


 楽しかった、よな?


 階段を上って自室へ。ローテーブルにベッドくらいしかない質素な部屋。あと、姿見の鏡くらいか。

 殆ど使わないんだけど、昔からあるな。

 ……あれ、でも……最近よく使っていたような気がするんだけれど、気のせいか?

 僕は使う事ないし……なら、誰が?


 その時、唐突にスマホの着信音が鳴る。メールだ。

 ……田中か。

 心配してくれてるのか。田中はチャラいけど良いやつだな、ほんと。


 僕はスマホをローテーブルの上に置き……


 ローテーブルの上に、置き……


 スマホを……



「誰だ……この女の子……」



 スマホの背中部分に貼られた一枚のプリクラ。僕とピンク髪の女の子が映ってる。女の子の手には大事そうに、あの熊のぬいぐるみが……


 何故だろう、胸が痛い。





 ……さよなら、かんじ。





「……今のは……はっ、消えそうに……」


 スマホに貼られたプリクラが透けていく。消えてしまう。消えて……


「消えるなっ……」


「消えるなぁっ!!!!」


 ……声。声だ。あの時僕を呼んでいたのは間宮さんと暁月だけじゃない。

 その前に僕に語りかけていた。ちょっとだけ耳障りなおっさんの声。


 ……学校、


 ……体育倉庫、


 …………跳び箱……


「跳び箱……」




 兄弟、みちは開けておくぜ……


 漢の路を行け。兄弟、お前の覚悟は本物だって……あの子に伝えてやってくれ……

 これが……使い魔としての……最後の……力……

 禁忌を犯した使い魔は消えちまうが……


 ……リリィを頼むぜ、兄弟。



「……ゼムロス……さんっ!?」


 そうだ、ゼムロスさん……何故だ……何故こんな大事な事を忘れてたんだ!?

 マリアやココの事も……何よりリリィの事まで……


「戻らないと……学校へ!」


 僕は母さんが引き止めようとするのを振り切り家を出た。そして駄菓子屋を越え角を曲がりショッピングモールを越える。

 こんなに走ったのはいつ振りだ。

 見えてきた、学校だ。空は既に暗くなり始めている。……見つかると厄介だし、裏口から体育倉庫に侵入しよう。



 ……


「な、何とか侵入出来たな……あ、あれは……リリィの出て来た跳び箱だ……」


 僕はその跳び箱の一番上の段を取り払い地面にゆっくり置いた。



 そこには……ゼムロスさんが遺した、


 ——漢の路が開いていた。

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