7【賢者タイム】



 ……あれ、ここは何処だ?



 そうか。僕はリリィの膝蹴りをまともに喰らって気を失っていたのか。十分程経過しているな。時計の針が十一時半を回っている。


 視界に映るのは見慣れた天井と、僕を覗き込むように見やる貧乳のサキュバスとゼムロスさん。


「えっと、大丈夫?」


 リリィは不安そうな表情を浮かべて首を傾げた。


「……精○、まだ出せる?」


 やはりそれか。精○の心配か!


 今の一言で、瞬時に我に返った僕は上体を起こし二人を見ると頭をかいた。

「生きてる以上はね……」

「すずきが……いきなり押し倒したりするから、び、びっくりしたんだもん。私は何も悪くないんだからね?」

『リリィ! お前が強烈な魅了をかますからだろうが! 加減もろくに出来ねぇなら、自力で出させてやるしかねぇってんだ!』

「はぁ〜!? 自力って、キモ!」


 リリィの目を見たら駄目だ。リリィの目を見たら駄目だ……魅了の効果恐るべし。


『惜しかったな、鈴木! あと、リリィは拒むな馬鹿! やる事やんなきゃ二人しておっ死んじまうだけだ。もはやお前等は運命共同体なんだ、腹決めて、二人で共同作業グループワークだ』


「んな事いきなり言われても」

『鈴木、それでも男か! なら聞くが、オ○ニーをするとき、お前はどうやってシテる?』

「え?」

『いいから答えろってんだ!』




 ♪〜説明中〜♪〜♪〜説明中〜♪〜♪〜説……




 ……僕は色々と大事なものを失った。


『……だ、そうだ。リリィ、やってやれ!』

「えぇ〜っ!? わ、わたしにすずきのアレをどうこうしろって言うの!? いやいや! 絶っ対に嫌! キモ!」

『ワガママを言うんじゃねぇやい!』


 事細かく赤裸々に、自らの自慰手段を語らされた僕の前で二人は騒ぐ。もはや何を話しているかも聞こえないくらい、僕の心は沈み切っている。


 とりあえず、何も考えず目を閉じます。何もかも忘れて、物言わぬ貝になりたい気分。なんならもう、ずっとそのままでもいいや。


 ——そんな思考を巡らせていると、僕の意識を現実に引き戻すようにリリィが呼びかけてきた。


「……は、はやく出して」

「いや……ちょっと待って……」


 見つめ合う事、数分。

 僕もリリィも、どうしても一歩が踏み出せないでいた。そんな僕達にゼムロスさんが喝を入れた。


『時間がねぇ! 忠誠の契りを交わしてから、最初の一回はその日の内じゃねぇと駄目だ。リリィ、お前も分かるだろ? 自分の身体に異変が起きてることくらいよ!』

「そ、それは……」

『意地張ってると、本当に命に関わるんだぜ? だから割り切れリリィ! 酷な話だが、これがサキュバスなんだよ!』


 リリィの様子が確かにおかしい。瞳が虚ろになり心なしかフラフラしているようにも見える。


「お、おい? 大丈夫か?」

「ちょっと……はやく、出しなさい、よ」


 するとゼムロスさんは僕の頭の上を飛び回りながら、『……こりゃあまり時間がないぜ、リリィの身体がお前を欲してるんだぜ! 鈴木! いつ出すの? ……今だぜっ!』

 と、某塾講師風に催促する。腹立つ。


 リリィは息を整えると、僕を見つめる。そして小さな口を開いた。


「……て、手伝ってあげるから、お願い。私はまだ、死にたくない」

 顔を真っ赤にして、目を合わさずリリィは言った。

「リリィ?」

「いいからっ……はやく脱いで、バ、バナナを出しなさいよ」

「え、バナナ?」

「き、聞き返さないでよ!? せっかくオブラートに包んであげてるのに……この馬鹿! バナナはバナナでしょ!!」


 マジですか。やるしかないのか。

 人前で自慰行為を? なんてこった、何故こんな羞恥プレイをする羽目に。


 そんな考えを巡らせていると、

 リリィはすっくと立ち上がり僕の後ろに立った。そして僕に指示を出した。僕は指示通り、両膝を床に落とす。するとリリィは後ろから手を回し、僕のズボンを下ろした。


「……っ……!?」

「じ、じっとして……! 動かないの。ア、アンタは今、バナナなの」

「は、はい……」


 僕はバナナ、そう、物言わぬバナナだ。


 リリィは躊躇なく僕の下着も下ろし、遂にバナナが姿を見せてしまった。

 目の前の姿見鏡に映った姿を見て、今、現実に起きている非現実を突きつけられる。


『やるじゃねぇかリリィ。やれば出来るんだな、見直したぜぃ!』

「ゼムロスは、だ、黙ってなさい! こ、ここ、これくらい……授業で習ったんだから、余裕よ……」


 何その授業!? 何この状況!!


『へいへい、頑張れよ。鈴木、リリィがシテくれるってよ、後は身を委ねてイッちまいな』


 ゼムロスさんはリリィの影に入って姿を消してしまった。気を遣ってくれたのか?


 部屋に沈黙が走る——その沈黙を切るように、掠れた声がした。リリィの、震える声だ。


「……か、感謝しなさいよ? 私がシテあげるんだから。そして勘違いはしないで、これは……仕方なくシテあげるだけなんだから。

 ……だから、すずきも、仕方なく出して」


 リリィは僕のバナナを握り、ゆっくりと手を動かしはじめる。僕は今、何て事をさせているのだろう。


 スベスベした細い指が動く度に卑猥な音が部屋に響く。何故か抵抗出来ない、いや、気持ち良くて抵抗する気になれないだけ、か。


 でも何故、……何故リリィには触れられても大丈夫なんだろうか? 今までの僕なら、こんな事をされて平気な訳がない。……拒否反応が起きて発狂してもおかしくないのに、何故、リリィは、


「すずき、こっち見なさい?」


 その甘い声に導かれるように、僕は振り返る。そこには琥珀色の瞳が二つ、淡い光を放っている。

 一気に身体が火照り快楽が襲いかかってくる。


「すずき? どう、イケそう……?」

「リリィ……っ……もう、……っ」


 ——限界、だ……!

 ……リリィは小さく囁いた。


「……いいよ、イッて……」




 ゼムロスさんの言う適度な魅了と、リリィの小さくも柔らかな手のひらの動きに耐えられる訳もなく、


 果てる。




 床に置いてあるお皿に、ソレは無造作に飛び散った。味わった事のないオーガズムに意識が飛びそうになる。


 僕は床に腰を落とした。

 すると、リリィは僕を押し退けるようにして、


 ……皿が床に擦れる音、


 僕はこの時の彼女の顔を一生忘れない。

 違う、忘れられないだろう。


 大きな瞳から涙を流しながら、恥辱と悲壮の入り混じった表情で、それでも床の皿を犬のように舐める、少女の顔を。


 鏡越しに見た、その表情を、——忘れろなんて、到底無理な話だ。


 目を背ける事すら僕には出来なかった。

 この時痛感した。

 サキュバスが忠誠を誓うという事はこういう事なんだと。それこそ、全てを捧げるということだと。そして、僕は成り行きとはいえ、彼女を汚したのだと認識した。


 ……


 床の皿は綺麗になった。


 ……リリィはそのまま床にうつ伏せで倒れた。気を失ってしまったみたいだ。

 その顔は、涙のあとで見るに堪えない。


「……なんだよ、これ」


 行為中、気を遣って影に潜んでくれていたゼムロスさんは僕の肩に乗り徐ろに話す。


『鈴木、悪いな。だけどよ、リリィを助けてやってくれや。コイツがセッ○スを拒む理由は……』

 僕はゼムロスさんの言葉を遮るように、

「ゼムロスさん、あまり気分の良いものではありませんよ、こんなの」


『……これが呪いだ。約三十時間に一度は精気、即ちお前の精○を摂取しないといけない。拒んでも身体が勝手にお前を欲するようになる。

 ……リリィの涙は気にするな。お前のせいじゃねぇ。全く、まだあの事を……不憫ったらありゃしねぇな……リリィ……

 忘れちまった方が、幸せだってのによ……』


 ……あの事……


 僕はリリィを抱き上げてベッドに寝かせてあげた。掛け布団をかけ、自分は床に横になる。


 僕とリリィの初めての共同作業グループワークは、それはそれは気持ち良く、そして、



 —————後味が悪かった。

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