62【漢路×ゼムロス】



 な、何だコイツら……?

 どうやって屋上ここに来たんだ?

 いや、それは愚問か。あの出目金使い魔がいるって事は、コイツら魔界から来たって事だからな。


 細身の男は綺麗に生え揃った髭を指で捻りながらある一点を見つめている。その視線は僕ではなく、僕の上に跨るリリィに向けられてるようだ。

 女は不敵な笑みを浮かべている。赤い髪のやけにグラマラスなサキュバスらしき女の視線はどうやら僕に向けられているようだ。


「……な、なんでこんな所に……!?」


 リリィは振り返っては声を震わせた。尻尾はシュンと萎びて僕の顔面に乗る。何となく良い香りがする。いや、今はそれどころじゃない。

 僕はリリィの腰を掴み僕の上から退け、ゆっくりと立ち上がった。すると、男が口を開く。


「きーみがリリィを傷物にしたって言う〜、うん、人間だーね?」


 ふざけたトーンの割に鋭い視線が僕に向けられる。


「き、傷物って……ア、アンタ達は何者だよ……」


 くそ……何だこの威圧感……


「……お、お父様よ……私の……」


 リリィは震えながらも僕の前に立った。依然として尻尾はフニャッたままだ。


「リリィや。家出はほどほどにしない〜とね、うん、外の世界は恐ろしいだろう。このような人間に誑かされて汚れてしまうと〜は……なんと可哀想なリリィ!」

「お、お父様……誑かされたわけじゃ……私は漢路と、私の意思で一緒に……」

「黙りなさーいよ、リリィ、お前はうちの大事な娘な〜んだよ。ショコラティエ家の存続の為に身を捧げる、だいじ〜な、娘、なんだよ、うん」

「だ、だからそれは……わ、私は……」


 父親……そうか、リリィは結婚を取り付けられていたんだっけ。それで行方不明になっていたリリィを見つけ出して人間界まで来たのか。

 どうする、僕はどうすればいいんだ?


 ……いや、迷ってる場合かよ。


 と、思考を巡らせていた時だった。

 リリィはゼムロスさんを呼び出し真っ赤な大鎌、ソウルイーターを召喚して構える。


「か、かか、帰って……でないと、お、お父様でも、よ、容赦しないっ……んだから!」

「ほう……?」

「ゼムロス、お願い!」

『……主人の命令とあらば……だぜ!』


 ゼムロスさんはソウルイーターに宿り、大鎌はその色を漆黒に変えた。


「私はかんじと一緒にいるの。だから、帰って!」


 リリィは漆黒のソウルイーターを振りかぶり、父親へ突撃しようと踏み込んだ。

 でも……そんなの……


 そんなの駄目だ!!



「オーダー、やめろリリィッ!!」

「……なっ、か、かんじっ!?」



 リリィの動きがオーダーによって封じられる。ソウルイーターは解除されゼムロスさんは地面にポロリと落下した。その際、お尻を強打していたことには気付かないフリをしておこう。ごめんなさい。


「リリィは返しません。リリィは僕の従者でありながら大事な彼女です」

「ほう、オーダーだね。その力で毎晩のようにリリィを弄ぶか」

「違いますよ、僕達はただ……愛し合っているだけです。人間と悪魔でもいいじゃないですか。僕はリリィが好きなんです」


 ヤバい、脚が震える。でも……男として引き下がれない。ここでリリィを魔界に帰すと……二度と会えない気がする。


「かんじっ、アンタの敵う相手じゃないわよ。早くオーダーを解いて私の後ろに……」

「嫌だ。好きな女の子に守られてばかりは……嫌なんだよリリィ。僕が何とかしてみせる。だからリリィは……実の家族に刃を向けなくていい」

「……かんじ……」


『オニーヤン、コンジョウアルノハイイケド、ソレハムボウッテヤツヤデ?』


 出目金がそう言った後、ずっと黙っていた女が重い口を開く。


「ここはわたくしに」


 そう言って一歩前に出た。父親は「ふむ」とだけ言っては顎で女に指示を出すような動きをした。

 女は僕を見据え不敵に笑う。


「さぁ、貴方の覚悟が何処まで保つか、ショータイムの始まりね」

「サキュバス……」

「貴方の守ろうとしているモノもサキュバスよ。それを忘れてないかしら。とはいえ、わたくしとは格が違うのだけれど」


 女は赤い髪をかきあげ、魅了の光を僕に向けて放つ。


「わたくしはランクAのサキュバス、

 エスペランザ=アル=シオネル、貴方を魅了して玩具にするのなんて造作もないわ?」


 ランクA!?


「エスペランザ、殺すんじゃなーいよ、うん。殺すとリリィも死んでしまうから〜ね。厄介なことに。本当なら今すぐにでも殺してやりたいのだが、主従の関係を切るまでは殺せないからね、うん」

「分かっていますわ。ちょっと精気を吸い尽くすだけですからご安心ください。あ、でも〜抵抗するなら半殺しにしてからヌキヌキしてあげるわ」


 く、狂ってるぞ……半殺された上にヌキヌキなんてされてたまるか……でも僕に戦う力は……


『兄弟、手を貸すぜ?』

「ゼムロスさん?」

『お前の覚悟に惚れたぜ。右手を挙げてソウルイーターを思い浮かべるんだぜ』


 ソウルイーター……を……


 右手が熱い……これは……僕の手に……ソウルイーターが!?

 するとゼムロスさんはそれに宿り、僕の心に語りかけてきた。


『サポートはしてやるぜ。だがよ、戦うのは兄弟だぜ』

「あ、ありがとうゼムロスさん」


 これがソウルイーター……重い。なんて重いんだ。でも、これがあればあの女を何とか出来るかも。


「かんじっ、拘束を解いてっ……し、死んじゃうよっ!?」

「リリィ……それは出来ないよ。僕は男、いや、漢だ。ここで引き下がれるかっ!」


 くそっ、かかって来いっ!

 こうなったらやるしかないだろっ!

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