第49話

 思わず息が漏れ、その息を無意識に、わたしは飲んでいました。

「職員総出で調べあげたけれど、犯人は未だにわからない。あの子の周りには、呪いでもつきまとっているのかと思ったものです」

 急に、震えだしたわたしの身体。

 それを気遣うように、遠野さんは一旦話をきって、声をかけてくれました。



「本野さん。だいじょうぶ? お茶を淹れなおしましょうか」

「なんて……」

「え?」

「なんてひどい!」



 わたしはぎゅっとこぶしをにぎって、宣言していました。

「ただ、たまたまほんとうの両親に恵まれなかっただけの、言われもない星崎さんの新しい家族候補の書類を、勝手に燃やすなんて。ぜったいその犯人を捜し出して、がつんと言ってやる!!」

 この天才シャーロック・夢未が! とは、さすがに心の中で言いましたけど。

 声に出してそう言いたいくらい、わたしは怒りに燃え盛っていました。

 両親に命を奪われそうになった事件はもう、なかったことにはできない。

 牢獄で罰を受けている、彼の両親に介入することはもはや、不可能です。

 それならせめて、そのあとの彼の幸せを邪魔しようとしたもう一人の憎むべき犯人をとっちめようと、考えたのでした。



「本野さん。お気持ちは嬉しいけれど、これは過去のわたしたちが調べつくしてもわからなかったことなの」

 穏やかな遠野さんの指摘を、わたしはほとんど聴いていませんでした。

 このとき頭にあったのは、名探偵シャーロックの名台詞。

『選択肢を一つ一つ消していくと、おのずと一つの事実が浮き上がってくるのさ。どんなにあり得なそうなことでも、それが真実』

 ようし、これでいこう!



 わたしは意気込んで、目の前の遠野さんを質問攻めにしていました。

 栞の園の古株の院長さん――この施設の歴史をもっとも知っているといっても過言ではない人と、今わたしは対峙しているのです。

 この機会を逃したら、チャンスの神様はもう二度と、振り向いてその前髪を握らせてはくれないような気がしていました。

「当時の子どもたちの中で星崎さんをうらんでいた人は、いませんか?」

 とうぜんながら、遠野さんは困ったように笑いました。

「限りなくゼロに近いんじゃないかしら。同い年の子たちからも、小さい子からはとくに慕われていて、ほんといい子だったから。利発だったから先生方からも好かれていましたよ」

 半ば予想していた答えだったとはいえ、少なからず落胆します。

 こうなると、ダイレクトに犯人像に迫るのとは別の角度から攻めていく必要がありそうです。

「星崎さんの、里親さん候補の書類の燃えがらは、どこで見つかったんですか?」

「いつも裏庭で。そういえば、決まって早朝に見つかったわ」

「書類が保管されていた職員室に入ることのできた人は?」

 最後の問いにも、ゆっくりと、遠野さんは首を振りました。

 あれ。

 おかしい――。

 そのとき、記憶の底に沈殿したなにかが、ゆらゆらとうずきました。



「星崎さんは、早朝職員室の鍵をあずかって、絵本をとりにいって、子どもたちに読み聞かせることを許可されていた時期があったって言っていました」

「あの子はとくべつ優秀な児童だったから、そんなこともあったかもね。でも、基本的に、そのようなことはしません」

 本野さん、と最後に院長さんは、優しく笑って言いました。

「お気持ちは嬉しいけれど、昔起きた事件の犯人探しに、そう意味があるとは思えないわ。最後にはその幾夜くんも、無事立派な里親さんに引き取られて行ったのよ。時を経た今、あなたの口から、そのままの性質で大人になった幾夜くんの姿もうかがえることだし」



 半ばうなだれつつ、わたしは頷きました。

 説得力のある意見です。

 過去をあれこれ掘りだして、誰かを責めたとしても、彼が報われるわけではありません。

 お礼を言って立ち上がり、施設を背に遠ざかっていきながら、わたしはあやうく、納得しかけていました。

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