第36話

 小夏?

 っていうか、呼び捨てにした?

 と、わたしが『運命』の第二楽章に突入しているすきに、たたたっと、ヒールの音をさせて小夏さんというらしきその女の人は、星崎さんのいる一つ向こうの棚に駆け寄り、

「大学辞めちゃってから、ぜんぜん連絡くれないんだもの。心配になって見にきちゃった」



 星崎さんは呆れたように、

「来るなら連絡くらいしろよ」

 やけに親しげな口調でそう言いました。

 運命のテーマはまだまだ、鳴りやみそうにありません。

「その連絡がつかなかったんじゃないの。ね、せっかく来たんだからちょっと時間とってよ。休憩時間まだでしょ?」



 星崎さんは深くため息をつくと、

「――夢ちゃん」

 あ……れ?

 激しい旋律の中に、ミスタッチのようなぽろんという音が胸に響きました。

 雑誌の低い棚を一つ隔てているのに。

 星崎さん、わたしに気づいてくれてたんだ。

「ごめんね。『名作の部屋』で、少し待っていてくれる?」

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