Act16.夢未 ~謎解きの賞品はデート~

第35話

 学校が終わったその足で、わたしは星降る書店に向かっていました。

 今日は、星崎さんのお昼休みの時間に『名作の部屋』で数学を教えてもらう約束なのです。

 自然、足が弾みます。

 普段の学校生活とも、帰るのがおっくうな家ともちょっとだけ外れたところにある、わたしだけの憩いの場所。

 これもまた、正規のルーティンから外れたところにある、楽園への入り口と言えるのじゃないでしょうか。



 一度立ち止まって、ふふっと笑みをこぼします。

 このあいだの楽園デート――もとい、栞山デートのときの星崎さんもすてきでした……。

 あのときのことをデート、とひそかによんでいるのはわたしの中だけですけど。

 再び元気よく歩き出し、星降る書店の中に入って、雑誌コーナーの前をとおったとき。



 柑橘系のいい香りがして、ふと足を止めました。



 それはどうやら、ファッション雑誌を読んでいる女の人から香ってくるようでした。

 そうでなくても、その人はなんだか、店内で目立っていると感じました。

 すらりとした背丈に、肩の上できれいに一つのカーブを描いたショートカット。

 夏らしい白いパンツに、マリンブルーのおしゃれなブラウスが、快活な印象です。

 耳元の大きなイアリングときれいにお化粧された大きな瞳がアクセントになっているようで。



 つまり、とてもきれいな人だったのです。

 その人が雑誌のページをめくった拍子に、ちゃりんとバッグのチャームが揺れて。

 そこにはどこか高級感のある毛並みで、深緑のリボンを胸につけたくまさんのぬいぐるみがつけてありました。

 なにからなにまでおしゃれです。

 ほとんど無意識に、わたしは自分自身の胸元に目をやりました。

 小柄でめりはりがなくて、地味でやぼったい制服姿。

 同じ人間の女性なのに、こんな人もいるんだなぁ。

 なんか落ち込む――。



 ひとりでに角度を深める背中を意識的にしゃんと戻しました。

 こんなことではいけません。

 今日はせっかくの数学勉強会デートなのに!

 ところが、神様って残酷です。

 このときの落ち込みはほんの前奏曲程度のもの――次の瞬間わたしに訪れた衝撃を例えるなら、楽聖ベートーベンの、『運命』のあの一節がふさわしいと思います。

 いつの間にか雑誌から顔を上げた女の人が、サーモンピンクのぷっくりした唇をあけて、片手をあげ、こう叫んだのです。



「幾夜!」



 ぱっと華やかに、微笑んで。

「こっちよ!」

 ひらひら振るその片手さえ、虹色のアゲハ蝶のようにきらびやかに見えました。

 恐る恐る、一つ向こう側の芸能雑誌のコーナーを見ると、そこにはやっぱり、彼がいて。

 驚いたように目を開いて、こう呟いたのでした。

「小夏。どうして」

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