第46話

 突然、ぴしゃりと放たれた言葉に、

「ごめんなさい」

 思わずそう言ってしまったあとで、それでも、一言だけ問いかけるのはやめられませんでした。



「あの。……事件って?」

「あのね、夢未ちゃん」

 諭しているような、それでいて懇願しているような。

 向けられたのはそんな切なる瞳でした。



「幾夜を救いたいのは、わかる。でも、悪いことは言わないから、ここまでにしておきなさい」

 視線とそして声をぐっと落とし、なにかを押し殺すように小夏さんは語りました。



「差し伸べられた手は、相手がそれを望んでいないとき、あっけなく宙を切るだけじゃない。

奈落の底にいる相手の手から移った炎で大きな火傷を負うこともあるのよ」



「……」

 星崎さんの長袖には思ったよりもなにか、大変なことが隠されているのでしょうか。

 彼が、炎の中にいる?

 そんなふうにはぜんぜん、見えません。

 でも、あの笑顔の奥に、苦しみが隠されているというのなら。

 それなら。

 わたしは歯を食いしばり、スカートを握る手を強くしていました。

 たとえ火傷することになっても、わたしは。



「きつい言い方して、ごめんなさい」

 小夏さんは気が付くともとの優しくて明るい雰囲気に戻って。

 どこか苦しそうに笑って、こちらを見ていました。

「あなたには傷ついてほしくないって、不覚にも思ってしまって。だからつい言ったの。悪くとらないでね」

 わたしはうなずきました。



 その首肯は、小夏さんの言葉を悪くとらないこと。ただその一点だけに向けられたものでしたけれど――。

 それからどちらからもとなくベンチを立ち、公園の入り口で手を振って、わたしたちは別れたのでした。

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