第45話
「え?」
瞳を大きく見開く小夏さんに、その目のさらに奥に、せいいっぱい訴えます。
「だって、お父さんは小夏さんに約束していたんですよね。くまさんのぬいぐるみを買ってきてくれるって。だからお父さんは、帰りの飛行機の中で、お土産のくまさんを持っていたはずで……っ」
そこまで力説したとき、サッカーで遊んでいた小さな男の子たちが何事かとこちらを見ているのに気付き、あわててベンチに座りなおしました。
「……日本のどこかのおもちゃ屋さんかデパートの、イギリス製品が売っているコーナーとかにいた小夏さんのお母さんに、お父さんが天国から囁いたのかもしれません。代わりにこのくまを小夏さんに届けてあげてくれって」
ぎゅっと、スカートの裾を、両手で握っていました。
「小夏さんのお母さんがあとになって買ってくれたくまさんと、最期にお父さんが持っていたくまさんが違うくまさんだなんて、誰にも、言いきれません」
わたしはいったい、どうしてこんなにむきになっているんだろう。
そう思いながら、一生懸命、説明しました。
「すみません。なんだかそんな気がして。その……」
力説の全編を終えてしまってから、大それたことをしてしまった言い訳を探して、見つけられずにいると、ふっと肩をすくめ、小夏さんは笑いました。
うすいピンクのアイシャドーの映える、優しい目をしていました。
「幾夜のあの安らいだ目の理由、ちょっとわかるわ」
「えっ」
そんな言葉に戸惑っているひまもありませんでした。
刹那、小夏さんはむぎゅーっと、わたしを抱きしめたのです!
「もう、恋のライバルなのに、かわいいって思っちゃうじゃないーっ」
「あわっ、小夏さん」
しばらくそのまま髪をわしゃわしゃとなでられて。
やっぱり、優しい人だみたいな。
心が和らいでしまったわたしは、ようやく、小夏さんに話しかけようとした、当初の目的を思い出しました。
「あの……」
ええい、これもデートのためだ!
「気になっていることがあるんです。星崎さん、夏になってもずっと長袖で。それで。どうしてか知りませんか」
すっと、小夏さんの顔から、熱が一瞬で引くように、表情が消えました。
「十三年前の事件のことを言っているなら、やたらと首をつっこまないで。興味本位で詮索する問題じゃないわ」
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