第2話
幾夜は肩に担いだ脚立を、となりの彼に押し付けた。
「ええっ、ちょっと」
抗議の声を無視して、歩を先に進める。
絵本がクライマックスにさしかかり、女子社員がライオンの声を張り上げると、少女はその迫力にびくっと身体をふるわせ、我に返ったようにあたりを見渡した。迷子のりすのような動きをするその身の丈にあわせて、身をかがめる。
「いらっしゃい」
ごく小さな声で囁いたのだが、少女は再度大きく身体をふるわせて反応した。
琥珀に陽の粒をちりばめた目をぱちくりとしばたたかせて、こちらを凝視すると、ぺこりと頭を下げてくる。
「こんにちは」
音量は小さいが、儚げな雰囲気に似ずしっかりした口調に少し驚く。
頭をあげたとき、幾夜の腕に抱えられたものに気づいて瞳を輝かせた。
「くまさん」
「あぁ、これ」
右手に持ち替えて振ってみると、哀れな姿もそれなりに見えた。
「ここに来てくれた子の友達なんだ。きみの家にもいるのかな」
そう言うと、彼女の周りの空気が一変した。
天使が光をともしたように、その頬が色づき、黒目がこぼれんばかりに細まる。
「はい。茶色のくまくまです。お父さんが買ってくれたんです」
「そうか」
もう、かけるべき言葉は決まっていた。
「なら、読み聞かせ、聞いておいで」
「……いいの?」
かすかな湧き水をたたえた小さな泉のような目がのぞき込んでくる。
レジの奥の事務室からパイプ椅子を引っ張り出してきて、最後列の隅に設置した。
「どうぞ」
喜びをかみしめるようにうなずいて、ちょこんとそこに腰かけた彼女はもう絵本の世界に没頭している。
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