第3話
気が済んだ。
会場の隅を渡り歩いて、片耳のくまを持ち主の男の子に返すと、会場後部に戻ってしばらく様子を見る。
ところが読み聞かせも終盤になるころ、具合が悪いことに気づいた。
書店員たちから本を受け取って、保護者と嬉しそうに笑いあう子どもたち。
その様子を、さきほどの少女がじっと見つめていた。
そうだった。会の終わりに、ぬいぐるみが持ち主のために選んでくれたという態で、書店員が選定した本を一冊ずつ、子どもたちにプレゼントすることになっている。
それは本来会費に含まれるものではあるが。
視線を移したのは、レジの奥の事務室へ続く扉だった。
次々と新刊が現れては消えていく中、廃棄を待つばかりの本ならばいくらもある。
一瞬の躊躇の後、事務室の奥に積まれている本の中から見繕って一冊を、席を立った彼女に差し出した。
「きみのくまさんが、さっきここに来て買っていったんだ。きみに渡してくださいって」
ゆっくりと手に取って、小さな手で光にかざされたタイトルは、『くまのパディントン』。
二つの瞳から、天使の降りる道のごとくきらめく光が、その一冊に注がれる。
胸に本をかたく抱くと、再びぺこりと頭を下げて、少女は駆け去っていった。
「さすが星降る書店の王子」
小さな背中を見送って、ほのかに癒されているのを、マネージャーの彼にめざとくみとめられる。
「でも、いいんですか?」
決まりの悪さをふりきるように、言う。
「社長裁量」
頻繁にできることではないが、多くの子が本に親しんでくれたらもうけものだろう。
「嬉しそうでしたね、彼女。でも、一人で来たんですかね? あんな小さい子が」
少女が消えた方向を見ながら、部下のつぶやきを、聞くともなく聞いていた。
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