第38話
話を聴きながらわたしは、それは絵本の力ばかりではないんじゃないかと思いました。
自分より年下の子たちの頭をなでてあげたり、時に冗談を言ってあげたりしながら、優しい声で絵本を読んであげる、少年時代の彼の姿が目に浮かんでくるようです。
星崎さんはきっと、ずっと前から、生粋の好青年だったのでしょう。
そう言うと、星崎さんはおかしそうに笑いました。
「ありがとう。でも、生粋の好青年って、なんだか斬新な表現だね」
そのまま笑い続ける彼を見ながら、思います。
こうしてみると……星崎さんのこと、知らないことばっかりです。
例えば。
ちらと、本棚の前で仕事をする彼に目を走らせます。
暑さが厳しい季節になってから、ずっと気になっていたことがあるのです。
「星崎さん。どうして夏なのに長袖なんですか」
入荷した新刊本を棚に並べながら、星崎さんはなんてことないようにこたえます。
「うん。この腕には、長い龍の刺青が彫ってあるからね。さすがに職場でさらすわけにはいかないでしょ」
「え」
とたんに、がらがらとわたしの中でなにかが崩れていきます。
星崎さんってほんとはその道の人?
そういえばこのあいだ男の人に宿泊施設に連れて行かれそうになったときもとても強かったのを思い出します。
怖かったあのときはそれどころじゃなかったけど、思い返したらなんか、ヒーローみたい。やっぱりすてきだったなぁ。って、そうじゃなくて。
「う、うわぁぁ。衝撃的すぎます」
頭を抱えて苦心に悶えていると、手早くきれいに本を並べる手を止めずに、その口元がくすりと笑いました。
「期待を裏切らない反応だね」
え?
頭をくしゃくしゃとかきまわしていた手を、わたしは止めました。
もしかして、冗談でからかわれた?
というかはぐらかされたような気も。
むむっ。
いいでしょう。
星崎さんがその気なら。
びしっと、わたしは彼に指をつきつけました。
「星崎さんが教えてくれないなら、その謎、わたしが解き明かしてみせます!」
彼に関する謎なら解いてみたいです。
啖呵をきると、追われる犯人役の彼は不敵に微笑みました。
「きみに解き明かせるかな」
どんっとわたしは胸をたたいて自信満々に言いました。
「さいきん、シャーロック・ホームズシリーズにハマってるんです! 捜査の基本はばっちりです!」
いつの間にか、お仕事を終えた星崎さんがテーブルの前に椅子に座っているわたしのすぐそばまで来ていました。
「期待しないで待ってるよ」
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