Act3.幾夜 ~少女の不遇~

第6話

 栞町の駅前のメイン通りから外れた住宅街を、幾夜は歩いていた。



 昼間は見慣れている優雅な家々やマンションの白い壁は、月の光をあびて冴え冴えと冷たい。こぎれいな小屋で寝そべっている大型犬も、牙をむきそうな狼に思える。

 舗装された道路を見つめながら、少女がとなりを歩いている。


 今時分は小学生でもスマホを持つ子もいるが、残念ながら彼女はこのかぎりではなかった。

 自宅の電話番号を訊いて店の電話からかけてみたが、応答はなかった。

 本人は一人で帰ると言うが、この暗闇に幼子を放り出すには気が咎めた。



 ここです、というかすかな声に立ち止まる。

 白い石壁でできた、高級そうなマンションだった。

 インターホンを押すが、返事がない。

 少女を見つつどうしたものかと思案していたとき、がちゃりと扉を開く音がした。

 中からのぞいているのは、こぎれいな外観とはうってかわり、物が散らばり荒れ果てた玄関。雑誌や空き缶、黒いピストルまで目に入ったときには身をかたくする。さすがに本物とは考えづらいが。こちらをのぞく男性を見たとき、いやな予感が、確信に変わる。

 乱れたシャツと髪。ひげは何日もそっていないようで、じろりとこちらをにらむ目つきも危うい。



「お子さんが書店にいらしたので、お送りしました。お電話したのですが、連絡がつかなくて」

 それに対する返事はなかった。

 父親と思われるその男の眼中には身体をかたくして震えている娘だけがある。



「こんな時間までどこへ行ってた」

「……ごめんなさい」

 こぶしが振り上げられたのは、少女のつぶやきが終わるより早かった。

 反射的にあいだに入り、父親の腕をつかんでいた。


「よせ」


 それでもなお娘に注がれる視線をとらえ、告げる。

「たとえ娘であろうと、こんなことをするいわれはないはずだ」

 つかまれている腕をなおも振り下ろそうとする父親はやはり、こちらを見ない。



「彼女は、お父さんが迎えに来ることになっていると、言っていました」

 父親のこめかみがびくりと動いた。

 ようやく、憎悪の視線の矛先が幾夜に変わる。

 それまで幾夜の力に抗していた腕の感触が突如、失せた。

 憎悪の表情が、嘲笑に変わったのを認めたときには遅かった。

 父親は娘をつかんで引き寄せると、音を立てて扉を閉めた。



 幾夜は呆然と、閉ざされた扉に触れた。

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