第61話

 思考はだんだんと激しい角度で逸れていき、心の中の彼女になら言えることを、わたしは頭の中で呟いていました。

『だってね、ももちゃん。もしわたしが……星崎さんに嫌われちゃったとすると』

 じっさいもう、嫌われちゃったかもしれないんだけど。

 ごっくんと卵焼きとともに苦渋の涙を飲み干します。

 お母さんに会いにいくことを反対されてから、ついむきになって怒ってしまって、それから星降る書店へは足が遠ざかっていました。



『でもね、そんなことになってもわたし、ずーっとぐじぐじ想っていそうな気がするの。彼のこと』



 じっさい、今もそうです。

 子どもっぽいことしちゃったなという自己嫌悪。

 こんなことじゃ、大人の魅力あふれる小夏さんに彼をとられちゃうかも、という焦燥。

 やっぱりわたしなんて、彼にそういう目でなんか見てもらえるはずがないよね、といういじけ虫。

 そんなものが心をぐるぐる歩きまわって、食いつぶしていました。



「本野さん。……本野さん?」

 はっと我に返って、わたしは顔を上げました。

 いけない。自分の世界の中で会話を繰り広げるのに夢中で、溝口さんに呼ばれていることに気がつきませんでした。

「ね、今度いっしょにプリ撮ろうよ」

 見ると、華やかな二人は、スマホに保存された写真を一緒に見入っている最中でした。

 虹色の文字やスタンプで彩られたその画像に目がくらむような気がして、わたしは少しだけ膝に視線を落としました。

「ええっと、わたし、あんまり写真得意じゃなくて」

 え? と二人が顔を見合わせました。



「そんなのぜんぜん平気だよ。化粧して加工もすれば顔なんかがらっと変わっちゃうんだし」

「そうそう、この機種の技術すごくてさー」

「お化粧……?」

 未知の言葉のようにそう呟いたわたしに、二人はふと動きをとめてこちらを見ます。

「でも、校則だと禁止、だよね」

 溝口さんももう一人の女の子も、しらけたようにふっと笑います。

「みんなバレないようにやってるし。それに、休みの日だったら問題ないっしょ」

「あ……」

 わたしは考え込んでしまいました。

「それでも、なんかなぁ……」



 なんだか、自分とは違う世界の気がするのです。

 それに、別人のような顔で帰ったら、お父さんが黙っていないような気も、しました。

 溝口さんが、ふぅと息を吐いて。

 それが合図であったかのようにもう一人の女の子といっしょに立ち上がりました。



「なんか本野さん、変わってるね」

「ごめんね。みぞっち、これからデート控えてるから。――行こ」



 二人が去って行ってしまってから、一人取り残された机で、しょんぼりうつむきます。

 空気、読めてなかったのでしょうか。

 さっきとはまた別の種類のうじ虫が、お腹の中をはって、お食事をはじめました。

 やっぱりわたし、おかしいのかな。

 友達に値しない子なのでしょうか。

 そう思っただけで、お腹の中の虫さんに、あたりをすっかり食い尽くされてしまったかのような心地になり、わたしはだらんと上体をテーブルに投げ出しました。

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